第13話 初めてのセッション

 部屋に戻ると僕はぐったりとしてしまった。

 すんでのところで、思わぬ出費をするところだった。

 本代にと渡されたクレジットカードを使って、今頃父親になんと説明するか、あれこれ頭を悩ましていたかもしれないのだ。


 吉永からメールが届いた。

 今日の場所の地図と、動画を格納したクラウドのURLが貼り付けてあった。

 信長の指示で早速PCを開いて動画をダウンロードする。


 動画を開くと、ライブハウスで録音した映像が流れた。

 シャークスはインストバンドのようだ。

 リズム隊は力強くて正確なリズムを刻む。

 メインは吉永ともう一人のツインギターだ。

 吉永がバッキングを担当し、もう一人がリードをとっているが、ソロでは二人が音程をずらしてハモることがある。

 このリードを弾いてる人が亡くなったという正治だろう。


 基本的にはブルースの影響を受けたロックだが、ヘビメタ調の早弾きがしっかり取り入れられている。超絶技巧を披露するために、ジャンルは選ばないという感じだ。

 ときおり女性のコーラスが入る。切れ味の鋭い声で演奏にマッチしていた。これが亜美の声だとすぐに気づいた。

 最後の曲は亜美がボーカルを取っていた。

 マイナースケールで構成された曲は、もの悲しい雰囲気を漂わすが、亜美のソウルフルなボーカルが、人生に立ち向かう気概を感じさせる。


(これはいいな)

 信長が珍しく賞賛した。

 その曲はラストに近づくとメジャーキーに転調し、壮大な世界を展開し始める。

 ボーカルとギターが溶けあい、天に向かうイメージを連想させて、曲が終わる。


(すごい!)

 僕は自分が泣いていることに気づいた。

 涙を拭きながら、心に生まれたばかりの感性を抱きしめる。


(お主の感性もなかなかのものではないか。余とはまったく違うが)

 僕は心に芽生えた強い衝動を抑えようと必死だった。

 抑えなければ、噴き出した感情が声になって叫び出しそうになる。


(お主も弾いてみるか?)

 僕は激しくかぶりを振る。

(そうか)

 信長はそれっきり、語り掛けるのをやめた。

 僕はようやく落ち着いてきた。

 徐々にこみ上げたものが身体の中に納まっていく。

 僕は疲れから、床に突っ伏せて眠りに落ちた。




 スマホのアラーム音が部屋の中に鳴り響く。

 予定表に入れた吉永との約束の時間が近づいている。

 僕は、急いでギターを持って家を出た。

 深く眠ったので、身体は軽い。


 亜美が来ることが決まったとき、梨都が自分も行くと騒いだが、なんとか宥めた。

 代わりにみんなの前で梨都が彼女だと紹介させられた。

 吉永はそれを聞いて、楽しそうに笑っていた。

 研人も同行できないのは残念そうだった。

 一緒にバンドを組むかと聞いたが、レベルが違うと断られた。


 再び吉祥寺に着くと、今度は南口から井の頭公園に向かう通りを進んだ。

 公園までの途中に、目的地である貸スタジオがあった。

 部屋は四つあって、どれも塞がっていた。

 防音は完ぺきではないようで、廊下には様々な音が流れている。


 吉永が予約している部屋には、既にメンバーが揃っていた。

 慎哉の姿を見て森山が、笑顔で迎えてくれた。

 メンバー紹介が始まる。


 ドラムのゲンは動画で聴いた限りでは、かなりパワフルなプレイスタイルだ。音がはじけて跳んでいく印象がある。

 ベースのカズはグルーブ感たっぷりでファンキーな音だ。肩から腕にかけての筋肉が獰猛に息づいている。

ギターは吉永で、通称タク。リズム感が抜群で、カッティングが得意なプレイスタイルだ。

みんな高校時代からの同級生で、そのときからバンドを組んでいるという。今や年齢は三十才を超え、それぞれ仕事をしながら音楽を続けているという話だ。

 ちなみにゲンだけ既婚者で後は独身。


 通常は三人でインストバンドとして活動していて、コアなファンもついている。ライブをすれば満杯にするぐらいの人気はあるらしい。

 自主制作のDVDも出していて、昼間に送ってくれた動画のソースはDVDから取ったようだ。


 今日は三人に加えて、ゲストとして亜美がいた。

 亜美は亡くなった元メンバー正治の妹で、現在はギターショップBECKでアルバイトをしている。年は二二才と僕より四つ年上で、吉祥寺にある女子大の四年生だ。


 店では気づかなかったが、亜美は長身でヒールを履くと一七五センチの僕と同じ目線に成る。

 僕を泣かせたソウルフルな声が、どこから出るんだろうと思うほど華奢で折れそうな細身の身体をしてるが、タンクトップから覗く深い胸元が、女としての高いポテンシャルを主張してた。


「じゃあ時間が惜しいし、早速いってみようか」

 タクの言葉で練習が始まる。

 僕はすかさず信長にスィッチした。

 曲はアルカトラズのカバーでジェット・トゥ・ジェット。

 タクが当然のようにバッキングを務め、信長がリードを取った。


 グラハムボネットのボーカルの代わりに、信長のギターが妖しいまでに魅惑に満ちた旋律を奏でる。

 フレーズが進むうちに、僕は異変に気付いた。

 信長のプレイにリズム隊が幻惑されて、アップテンポに引きずられて行く。

 ゲンとカズはそれに気づいて、懸命に立て直そうとするが、意志とは裏腹に身体が支配されている。

 壊れると思った瞬間、亜美の腹に響くようなコーラスが入った。

 テンポが戻った――ゲンとカズは亜美のおかげで自分のプレイを取り戻すことができた。


 一曲終わって、ゲンとカズが同時に叫ぶ。

「正治の再来だ!」

「危うく曲を壊すところだった」

 二人とも幽霊を見るような顔で信長を見る。


 タクが嬉しそうに亜美を見る。

「正治のときと同じように、また亜美に救われたな」

 亜美は兄のことを思い出したのか、泣き笑いで端正な顔がファニーフェースに変わっている。

 信じられないような顔で、信長を見た。

「ありがとう」

 コーラスのときと打って変わった細い声だった。

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