第12話 思いを背負って

 演奏が終わると、信長は僕とスィッチした。

 もう入れ替わって、四時間近く経つ。

 この後の練習時間を確保したかったのだろう。


「すみません。そんな大事なギターを初心者なのに欲しいなんて」

 僕は反射的に謝ったが、その言葉は吉永の耳には届いてないようだった。


(その男は、お主がそのギターの持ち主に相応しいと認めたんだ)

(僕じゃなくて、信長だろう)

 僕は慌てて否定したが、信長は答えなかった。


「正治はお前みたいに才能に溢れていた。力強くて正確で、それでいて音にドラマがあった。今の曲は正治が書いた曲だよ。ソロパートは俺と正治でギターバトルみたいに激しく弾くんだが、不思議とハモって客は満足していた」

 吉永は懐かしそうに、僕が手に取っているギターを見た。


「そのギター、お前が弾いてくれ。どうせ夏フェス迄しか弾かないんだろう。店長、それまでこいつにこのギターを貸し出してくれないか。レンタル料なら俺が払うから。傷ついたりしたら弁償する。ダメか?」

 吉永の頼みを聞いて、島田はちらっと女店員の亜美に目を向ける。

 気づかない間に亜美もスタジオに入ってきており、扉の近くで二人の演奏を聴いていたのだ。

 島田と目が合うと亜美は黙って頷く。


「いいですよ。元々このギターは見てるとお兄さんを思い出すからと、亜美ちゃんが持ってきたものですから。私が見て相応しいと思った人がいたら、売ってくれといいと言われてましたが、吉永さんが認めて、亜美ちゃんがいいのなら、別にタダで譲ってもかまわない」

 島田がしみじみとした口調で承諾した。


 亜美は熱い目で慎哉を見る。

 その視線に気づき、梨都が遮るように慎哉の前に立った。


「すごいよ、慎哉。ロックをよく知らない私でもジーンときた」

 亜美に対して、自分が僕の彼女だとばかりに、アピールする。

(ホー)

 何だか知らないが、信長が嬉しそうに声をあげた。

 僕は信長絡みのトラブルに巻き込まれそうな悪い予感がした。


「一つ頼みがある。そのギターで、俺のバンドに参加してもらえないか。何回か他のメンバーと音を合わせて、一度でいいからライブハウスのステージに立って欲しい」

「えっ」

 金をとる舞台に上がると聞き、さすがに僕は引いた。

 その様子を見て、吉永がさらに続ける。


「メンバー探しに焦っているのは分かる。でもなおさら、俺たちと同じステージに立った方がいい。俺たちがるときは明峰大の人間もよく聴きに来る。そこでメンバー募集をPRすれば、一緒にやろうという奴も出て来るかもしれない」


 何と答えていいか戸惑っている慎哉を、吉永はじっと見つめながら返事を待った。

(受けろ)

 信長が短く命じた。

 僕は反射的にその声に反応してしまった。

「演ります」

 吉永がなぜかほっとした顔をする。


「じゃあ、早速今夜うちのメンバーと音合わせしてくれないか。今週の土曜の夜にライブの予定がある。間に合えばそこで演りたい」

 土曜まで後三日しかない。

「それは難しいよ」

 バンドの難しさを知っている研人が、心配してつぶやく。


(演れ。時間がない)

 また信長の声がした。

何時いつ、どこに行けばいいですか」

「おお、ありがとう。夜七時から始める予定だ。場所は送るから連絡先を教えてくれ」


 何が何だかよく分からないうちに、どんどん話が決まっていく。

 僕は戸惑いながらも、信長の行動力と引きの強さに驚いていた。

 何はともあれ、高額な楽器代の支払いを免れたことにホッとする。


「忘れていた。名前を教えてくれ。俺は吉永拓郎たくろう。普段は実家の不動産屋を手伝ってるドラ息子だ。シャークスというセミプロバンドでギターをやっている」

「佐伯慎哉です。東京明峰大の一年生です」

「後で、今回のライブで演る曲の動画を送るから聴いといてくれ」


「あの、今日はいつものスタジオですよね」

 亜美が唐突に吉永に訊いた。

「そうだよ」

「見学に行ってもいいですか?」

「ダメだ。スタジオは狭い。歌ってくれるのならいいけど」

 吉永のリクエストに亜美は黙って俯く。

「正治が死んだからと言って、亜美ちゃんが歌をやめることはないだろう。もういい加減ふっきれよ」

 亜美の肩は震えていた。

 しばらく黙っていたが、顔を上げて僕を見ながら、しっかりと声を出した。

「前のように歌えるか分からないけど、やってみる」

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