第2話 怨霊の掟
目が覚めると、パソコンの前に座って何かを調べている自分の身体が見えた。
(どうして? 鏡を見ているように自分の身体が見える!)
それは鏡とも違う、自分の身体を真上から見下ろした光景だった。
(ウワー、どうなってるんだ!)
(あれは僕の身体で、でも僕は僕を外から見て)
(分からない、助けてくれー)
(ええい、うるさい。いくら魂の叫びでも、こう喚かれては気が散ってしまう)
突然、先ほどの信長の声が届いた――なぜ身体の外にいるのに聞こえる?
(今、説明してやるから少し黙れ)
再び声が届いた。
僕は何が起こったのか教えてもらえるならと、必死で動揺を治めた。
(うむ、上出来だ。やればできるではないか。意外と拾い物だったかもしれぬな)
相変わらず何が何だか分からないが、どうやら褒めてもらえたようだ。
僕は動揺を抑えたまま、静かに信長の説明を待った。
(わしは織田信長の怨霊だと言ったな)
(はい)
(怨霊とは、生前酷い仕打ちを受け深い恨みを持った人間の魂が、恨みやうっぷんを晴らすために、死霊となって現世に現れるものだ)
(ヒエー、人間に災いを成すのですか?)
(そういう怨霊もいるが、わしはそんなつまらぬことはどうでもいい。それよりも人のことが知りたい。わしは良くしてやった家臣や義理の弟から裏切られ続けてきた。最後には信じていた光秀にまで裏切られて命を落とした。なぜ光秀が裏切ったかなどどうでもよいが、なぜ人は裏切るのか、人の本質を見極めたいと思っておる)
意外だった。まるで人間を深く描く大作家や、哲学者のような悩みだ。
怨霊に成ってまで探求しようとする執念には少しだけ退くが、とりあえず自分に危害を加えようと、思ってないと分かり安心した。
(ところで、今の状態は何なんですか?)
僕は現在最大の疑問を訊いてみた。
(単に憑依しただけだ)
(憑依?)
(なんだ覚えておらぬのか? ほらそちもやったことがあるだろう。『怨霊の館』というゲームを。全てがそのゲームに定められた『怨霊の掟』に沿って生じている
怨霊の館?
思い出した!
去年の夏、受験勉強の合間の気分転換にと、少しだけやったゲームだ。あまりにクソゲーだったので、結局やりこむことなく止めてしまった覚えがある。
僕は怨霊の館の取説にあった『怨霊の掟』について、必死で記憶を手繰ったがどうしても思い出せない。
(すっかり忘れてしまったようだな)
信長は再びパソコンを操作して、怨霊の館のオンラインヘルプファイルを表示してくれた。
そこに書かれた情報によると、憑依とは次のようなものだ。
一.憑依とは生きてる人間の魂を生霊として身体から切り離し、代わりに怨霊が身体の中に入る行為。
二.怨霊は最大八時間しか憑依した人間の身体に留まれず、再び身体に入るには八時間待たねばならない。
三.怨霊や生霊は、直接物や生き物に物理的作用を及ぼすことはできないが、憑依した人間の身体を使えば可能。
四.怨霊は一度人間に憑依すると、その人間が死なない限り、他の人間に憑依することはできない。
五.憑依した状態において、怨霊は生前保持していた知能や運動能力を憑依した身体で行使できる。
六.怨霊と憑依した人間の魂は、互いに心の声でコミュニケーションできる。
七.怨霊と生霊は、身体を介さないと他の人間とコミュニケーションできない。
八.怨霊と憑依された人間は、互いの経験を共有することができる。
九.怨霊に憑依された人間は、憑依された時間だけ定められた寿命が削られる。
大まかにまとめると九つだが、最後の寿命の話はなんだ。
(うっ、ちょっと待って。そうなると今この時間も僕の寿命は削られているの?)
(そうなるな。まあ、定められた寿命というのは、事故や殺人を含んでないから、あいまいではあるがな。余も結局定められた寿命を全うできなかったわけだ)
よく分からないが、推測するに僕の身体の老化が、普通の二倍のスピードで進むということか……。
(待って、待って。ここには憑依が解消される方法が書いてないじゃない。僕は死ぬまで憑依され続けるの?)
(それは怨霊の館のコンプリート条件だ。ちゃんと調べてみろ)
僕は急いで、オンラインヘルプのコンプリート条件を検索した。
すると次のように記述されていた。
一.怨霊になった動機が満たされる
二.怨霊の生前の夢が憑依された者の手によって叶えられる
三.除霊に成功する
(怨霊に成った動機って、さっき言った……)
(そうだ、人の本質を見極めることだ)
そんなの主観じゃないか。
どうすればいいのかまったく分からない。
(ちなみに信長さんの生前の夢って――)
(天下布武だ)
(そうですよね~。ちなみに布武って武力で日本を統一するってことですか)
信長の慎哉が苦笑いする。
(
(分かりません)
(学のない奴だな。簡単に言えばこうだ。暴力を使わず、徳をもって治められる世の中を作る)
(すいません。分かりません)
信長の慎哉が呆れたような顔で、生霊の僕を見る。
(まあ、余の知識は一応お主の中に取り込まれているから、そのうち成長して分かるようになるだろう。先ほどの時間で、インターネットというもので、今の世の政治を調べてみたが、徳ではなく金と権力で世の中は治められているようじゃ)
そりゃそうだろう。徳という言葉がよく理解できないが、今の政治家が金と権力と言われると、納得できる。
(じゃあ除霊って何?)
(除霊とは霊能力ある者が、強い力で持って怨霊を無理やり封じ込めることだ。まあ、余に勝てる除霊師がいるかどうか疑わしいがな)
テレビでたまに見たことがあるあれだ。金目当てのインチキとしか思えなかったけど。
僕は途方に暮れてしまって、思わずつぶやいた。
(なんだか、どれも難しそうだなぁ)
(そう、諦めるものではない。なにしろわしの知能は、普通の人間の三倍の性能をもっているからな)
(へー、信長さんってそんなに頭が良かったんだ)
(何を言っておる。お前が設定したのだろう)
(えっ)
(だから、わしはお前たちの歴史の中の信長ではない。お前がさきほど油断して、本能寺の変で死なせてしまった信長だ)
一瞬、目が点になった。もちろん生霊の状態だから目はないけど。
そうなると、この怨霊はゲームのキャラクターの怨霊ってことか。
それって、ゲームのキャラクターに魂があるってこと?
僕は考えることをやめた。
だいたいこの状況を理屈で考えてもしかたない。
あるがままを受け入れる――それしか方法はないのだ。
思考を切り替えて、信長に設定したパラメーターについて考えた。確かエディタでチート的にゲーム上の最大値を超えて設定したはずだ。ゲーム上の最大値が百に対して、武力が百五十、知力が二五五、政治力が百だったと思う。ゲーム上のちょっと優秀な武将の知能が八五ぐらいだから、確かに三倍の性能は正しい。
IQで言えば四百ぐらいか……
何気にパソコンの右下隅に表示されている時刻に目が行った。既に午前五時と表示されている。思ったよりも長く気を失っていたようだ。授業開始まで後四時間しかない。
時刻の下のカレンダーの日付が目に入った――六月五日。
僕は思わずぞっとした。それはゲーム上の日付で本能寺の変が起きたのと同じ日付だった。
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