第54話 インフルエンサー
ちょっと毎日更新は無理でした…毎日は書いてますが。
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2人の視線から数千キロ…遥か南方の島に、鬱蒼とした密林を進む数人の男女の姿があった。
南国の太陽が水平線の下に沈んでもなお蒸し暑いままのジャングルの中を、何かを追いかけて足早に進み続けている。
「ねえアマンダ。もうやめておこうよ。通訳の彼も怯えてる」
「何を弱気なことを言ってるの!私には50万
慎重な発言をした大柄な黒人男性を、アマンダと呼ばれた女性が強く叱咤する。
一行の実質的なリーダーである彼女の発言に、残りの男達はやむなく足を引きずりながら密林を進んでいった。
(●)
数週間前、アマンダはNYの一画に構えた自宅兼事務所でモニターに向かい、美しい眉間に深い皺を浮かび上がらせていた。
「今月のフォロワーの伸びが2.7%、コメント数は14%減少…これは深刻な停滞ね」
「フォロワー達でコメントする人も固定化の傾向が見られるね。残念ながら
アマンダ・ターナーには夢がある。野望がある。
彼女には浅はかな野望を抱くだけの若さと美しさがあり、実績もあった。
彼女はインドにルーツを持つアメリカ人であり、SNSアプリ「ウィンスタグラマー」の「ヨガ」クラスターでは、そのオリエンタルな美貌とヨガの技能とでコアな人気を誇っている。
しかし、その人気は最近陰りが見えてきていた。
今日はその対策会議であり、彼女を今の地位へ押し上げた協力者でもあるプロデューサーの意見をアマンダは無視できなかった。
「私のシークエンスが古いと言うの!?」
「そうは言ってないさ。ただ、フォロワーは単純に飽きやすいだけなんだ。アマンダのヨガのシークエンスに深い哲学があることは認めるけれど、フォロワーでない人にも3秒で伝える為には強いビジュアル的なインパクトが必要なのかもしれない」
「私にエクストリーム・ヨガでもやれって?僻地でバランスの曲劇でもしろって言うの?」
「そうは言ってない。ただ企画担当が提案してきたヨガの根源への旅、は良い企画だと思うよ」
アマンダは苛立ち、綺麗に整えられた爪を噛んだ。
プロデューサーの提案を拒否するのは容易い。
しかしその先に待っているのは伸び悩むフォロワー数、陰る人気、そしてニュージャージーの中流階級が集まる住宅街でヨガティーチャーをしながらライター、フォトグラファーなどの曖昧な肩書きで食いつなぐ凡百のヨガスタイリストの仲間入りである。
彼女はもっと上に行きたかった。
絶対的なカリスマになりたかった。
「…私がインド系だから?インドなんて行ったことないわよ」
「フォロワーは気にしないさ」
精一杯のアマンダの抵抗に、モニターの中でプロデューサーは肩をすくめてみせた
(●)
インドでの経験は人を変える、という。
アマンダにとってもインドは衝撃だった。
悪い意味で。
「街が汚い!空気が臭い!ゴミばっかりじゃない!ウィンスタ
ニューデリーの空港で降り立って以来、インドに抱くアマンダのイメージは降下の一途を続けた。
豪華絢爛なタージマハル宮殿や母なるガンジス川など有名なスポットでロケハンをしようとすると、たちまち大勢の現地人や中国人観光客が集まってきてヨガのシークエンスを撮影するどころではない。
観光客が散らかしている菓子の包み紙やペットボトルの類も、彼女の瞑想を妨げた。
ウィンスタグラムに上げる写真は、旅をする体裁で根源の地を探す、ということで都市を避けてインド亜大陸を南下しながら汚い現実を避けた風光明媚な土地の写真で誤魔化しているが、それも限界になりつつあった。
「どこかないの?本当にヨガの根源に相応しい最高にウィンスタ
インド南端カンニヤークマリの岬が見えるホテルで、アマンダは嘆いた。
インドに降り立って以来、嫌な夢と慢性的な頭痛に悩まされている。
最果ての岬でさえ観光地化され、大勢の人でごった返している現実に打ちのめされているのが原因だろうか。
滞在資金は無限ではないし、ヨガ以外の話題でフォロワーの関心を惹き続けるのはそれ以上に難しい。
アマンダは焦り、彼女の撮影スタッフ達も手分けして現地人に聞いて回った。
インドで流行しているSNSにも潜り、真偽も怪しい情報も探った。
そんな中、一人のスタッフが情報を掴んできた。
「セイロン島に、宝石のようなビーチがある」と。
そのビーチは最高に美しい真っ白な砂浜で、人の手が入っておらず、おまけに流れ着いたゴミの類はヤシの葉ひとつ落ちていないという。
情報提供者は位置情報のついた写真を上げていたが「加工された写真だ」とのコメントが多く寄せられていた。
実際、大量のゴミが流れ着いているインドの砂浜を見慣れた目には、ヤシの葉ひとつ落ちていないビーチの写真はなおさら非現実的に映った。
これまでスタッフが摑まされてきたゴミのような情報の一つに過ぎない、と。
しかしアマンダの反応だけは違っていた。
彼女は目を見開き、写真に見入っていた。
あれほど彼女を悩ませていた頭痛が治まり、インスピレーションが訴える。
この場所だ。
この場所こそが
「セイロン島の北東部…クルーザーを雇えば行けない距離じゃないわね」
「まさか行くのかい!?国境を超えるし、そもそも
反対するスタッフにアマンダは言い渡した。
「いいえ。このビーチは本物の
強い確信の込もった声にスタッフ達は反対の理由を失う。
そのときのアマンダに、NYに幾らでもいる若く美しい女性ではなく、さながら予言の巫女の如き威厳を見たからだろうか。
方向性が定まり、翌日からの業務割り振りに忙しいスタッフ達を横目に、アマンダの視線は陽が沈んで粘つくような赤道の潮風を吹かせ始めたインド最南端の岬を超えて、遥か南東の水平線へと向けられる。
アマンダの瞳は、星一つ見えない黒い水平線を映し出していた。
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