第5章:

第53話 飢えるもの 乾くもの

 作者です

 しばらく中断していましたが再開します

 12月15日(木)に書籍が発売されます

 一二三書房さんより大判です

 東出先生に推薦文をいただけました

 売れましたら2巻で続きが書けそうなのです


 というわけで続きを書き始めました

 ガチャ0.5回しぐらいの気分で購入という形で

 応援をいただければ幸いです


  (●)


 夢を見ていた。


 それは強烈に飢えていた

 それは壮絶に乾いていた


 胃の腑に穴があき、そのまま大地を穿つような底なしに強烈な飢え

 全身が枯れ木のように干からび、大海の水を飲み欲せそうな壮絶な渇き


 一刻も早く この飢えと渇きを なんとかしなければ


 だというのに


 飢えを満たすための口は

 渇きを癒やすための口は


 あまりにも小さい

 小さすぎる


 だから

 そう

 する

 しか


  (●)


 マスクリーンテクノロジーブラックホール(MCTBH)株式会社は日本を代表する大企業へと成長していた。


 売上高は30兆円を超え、EBITDA税引前営業利益+減価償却費にいたっては5兆円を超えており、かつて栄華を誇った幾つかの企業の標語をもじって「MCTBH社にとって良いことは世界にとっても良いこと」「MCTBH社が風邪をひけば世界の産業が風邪をひく」とも経済誌や週刊誌に書かれるほどだ。


 その繁栄を支えているのは他社の追随を許さないMCTBH社独自の廃棄物処理の特殊先端技術である。

 その特殊処理技術はあらゆる汚染物質の低価格処理を可能とし、重化学工業や製造業、はてはサービス業に至るまで全ての産業チェーンが恩恵を受けている。

 環境問題の深刻化に伴って過去のものとなったように思われた大量生産・大量消費社会が安価な環境汚染をゼロにする技術により再来したのである。

 日本の景気は大きく上向き、その恩恵は欧州を除く世界へも影響している。


 世界の救世主となったMCTBH社の価値は資本市場においても暴騰した。

 株式の半数以上をCEOが握っているものの市場に流通している株式の価値だけで総額は50兆円を超える。米国の証券会社の試算によれば、実質的なMCTBH社の企業価値はその10倍とも100倍とも言われている。


  (●)


 そのMCTBH社の本社は関東地方の北部、東京から高速道路で1時間もかからず行ける場所に存在する。

 環境汚染に悩む幾つもの外国や技術移転を目論む外資から国外への移転あるいは進出の真剣な交渉が持ちかけられたが、国益の流失を危惧した政府と政治リスク増大を懸念した経済界の協力、なにより地元の利益を重視する経営者の志により――― そういうことになっている ——— 巨大グローバル企業となった今もMCTBH社は本社の移転を果たしていない。


 広大な敷地を誇る廃棄物処理施設の心臓部は全周3キロの貨車専用鉄道に囲まれた直径1キロのクレーター状の中央ドームに存在する。

 世界中から持ち込まれる様々な廃棄物や廃液は周囲を走る貨車で運搬される内に各駅で分別され、中心に向かって緩く傾斜するベルトコンベアとパイプラインに振り分けられて中央ドームへと向かう。

 そして無害化される。


 そんなことが物理的にあり得るのか。

 何らかの詐欺か欺瞞があるに違いない。


 


 いくつものライバル企業、他国の支援を受けた環境団体、巨大企業相手のスキャンダルを暴こうとするジャーナリストたちが、その欺瞞を暴こうと試みたが成功した者はいない。


 MCTBH社はただ沈黙を守っている。


  (●)


 巨大企業となったMCTBH社には広大な施設の他に企業規模に相応しく優秀な人材を集めた管理部門も存在する。

 多くの地方から出発した大企業は登記上の本社は地方に置きつつも、結局は営業部門の都合や人材採用の競争力、企業ブランドイメージ強化等を理由にして管理部門は東京丸の内あたりに移転するのが慣習なのであるが、MCTBH社の管理部門はCEOの強い意向もあって起業した土地から動いていない。

 結果としてクレーター状の処理施設を囲むように管理部門が入る巨大な本社ビルが立ち並ぶことになっており ――― それだけでは足りず幾つかのビルは業務拡張の為に建設中 ——— 遠目からは全体として円筒形の塔のような形状を呈している。


 口さがないネット民には、地方に突然生えた巨大な塔の形状や、グローバル企業のため日本語を解さない身なりの良い外国人が出入りし、さらに廃棄物を積んだ巨大な列車やトラックが頻繁に出入りする様子を指して「バベルの塔」と呼ぶ者もいる。


  (●)


「バベルの塔…ね。いいじゃない。詩的で」


 木崎は業務開始前にコーヒーを淹れつつ自社ニュースをチェックする。


 MCTBH社にはが多い。

 この程度の書き込みは可愛いものだ。


 木崎が白衣からはみ出たスラリとした長い脚を軽く組み、今や昔の習慣から惰性でかけているだけの眼鏡をデスクに置く。

 オフィスチェアにもたれかかりつつ軽く目を閉じてコーヒーの香りを楽しんでいると、ふと、何かの声が聞こえた気がした。


「なに…?」


 その声は遥か遠くにありながら厚い壁を越えてきて


「おはようございます!本日より研究広報部門7課へ配属になりました新田です!よろしくお願いします!」


 木崎の瞑想は若い男性社員の明るく元気の良い声で中断された。


「ええと…ああ、新田にったさんね。聞いてます。体調の方は大丈夫なの?」


「はい!大丈夫です!ご心配いただきありがとうございます!」


 木崎の社交辞令に、若い男性社員は上気した顔にうわずった声で返してきた。


  (●)


 同時刻、バベルの塔の役員会議室ではCEOのヒロキ、COOの石田を中心とした経営会議が行われていた。

 古参の役員たちは企業をより大きくするために、新参の役員たちは自分の有能さを示すために、そしての者たちはの目的の為に…全員が世界を良くするために活発に意見を交わす。

 

 『少し休憩にしましょうか』


 やがて進行ファシリターターの石田の合図で、議論は一時中断される。

 活力に満ちた国籍も様々な役員たちは、次の議題に備え各々が体をほぐしたりコーヒーを淹れるために席を離れる。

 

 『ここからは富士山がよく見えますね。石田さんCOOもお好きですか』


 石田に話しかけた役員は若い新参の役員であった。


 高層階の役員会議室の大きな窓からは関東平野が一望できる。

 なかでも南西の富士山が見える窓は外国人役員達からは人気のスポットである。


 若い役員は先の会議中に、石田が窓の方を何度か気にしたことに気がついていた。

 その程度の注意力と有能さがなければ、若くして出世できない程度にはMCTBH社は大企業になっている。


『…ええ、まあ。そうですね』


 社内や社外で怖ろしく切れるタフネゴシエイターとして知られている石田には珍しいことに、やや曖昧な笑みを浮かべると、若い役員はこの話題にこれ以上深入りしても良いことはない、と離れて行った。


 代わりに窓辺にやって来たのは人並み外れた体躯を誇るMCTBH社のCEOのヒロキである。若い役員が離れていったのは、この男が近づいてきたのを本能的に恐れたから、という理由もあったかもしれない。


「……始まるな」


「そうですね」


 周囲には聞き取れない、ごく低い声を発したヒロキに、石田は同意する。


 二人の視線は富士山を超えた、遥か南西に向いていた。


 (●)



 発売までしばらく毎日、書けなかったら隔日で連載します。

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