第45話 順調に進む女の計画と騙されやすい男
環状線の駅のホームにあたる場所で少し待つと4両編成の列車がやってきた。
利用者らしい十数人のスーツや作業服姿の人間が降りるのを待ってルイーズは新田の先導で環状線に乗り込んむ。
カーブが続く特性ためか車両の全長は短く席は全て前向きのシートになっていた。
「こちらの席におかけ下さい。視察団の方は6駅先の特別実験区にいるようですから」
「何から何まですみません」
ルイーズが目を見つめて感謝をすると、美人に免疫のない新田はしどろもどろになってしまう。
2人がシートに座るのを見計らったようなタイミングで環状列車は滑らかな加速で動き出した。
「ずいぶん静かに走るんですね」
ルイーズが水を向けると、呆けていた新田は堰を切ったように勢い良く喋りだした。
「そ、そうなんです!この列車はお台場を走るゆりかもめと同じ方式でしてゴムタイヤ駆動方式です。ですから軌道は平らでに線路がありませんでしたよね?それに運転席には人がいなかったことも不思議に思われたかもしれません。でもご心配には及びません。実は施設の列車は全てATOにより無人運転を実現しています。それと電源は地面脇のレールから集電装置でとっています。なのでパンタグラフや電線がないでしょう?乗客だけでなく廃棄物コンテナや廃液タンク車を牽くのもATO制御の無人機関車です。ああ、無人と言っても、安全については心配ありません。列車にはATCが装備されていますし、線路にもATC子機があって何かあれば直ぐに停車します。それと見学者カードを含む社員証カードを身に着けた人が線路上にいれば警報と停車する仕組みになっていますから。これまでに事故は一軒も起きたことはありません!」
一息で言い切ってから「あっ」と新田は慌てだした。
「す、すみません。つい…」
魅力的な女性を前にすると、いつも新田は喋りすぎてしまう。
女っ気のない男子校から理系の院まで進んだ哀しさか。
お陰で未だに彼女ができた事はない。
「電車のこと、お詳しいんですね」
だというのに、このルイーズという美女は新田の醜態に嫌悪を示すことなく話を聞いて肯定するように微笑んでもくれるものだから、新田はすっかり舞い上がってしまった。
そんな精神状態であるものだから隣のシートの美女が
「すみません。少し気分が悪いので次の駅で降りても?」
と口をハンカチでおさえた演技を全く怪しむことなく
「だ、大丈夫ですか?わ、わかりました!」
と「見学者を見学ルート以外の場所に入れてはならない」と朝のミーティングで訓示されたはずの保安条項を「まあ駅から出なければいいんだ」と都合の良いように解釈して、予定外の駅でルイーズを下車させてしまうのだった。
★ ★ ★ ★ ★
ルイーズと新田が途中下車した駅のホームには人がいなかった。
たまたま、というわけではない。
スケジュールされた作業時間の隙間であり、視察のために人員が割かれた結果であり、これも計画の内にある。
目撃者は少ないに越したことはないのだから。
「すみません。お手洗いに」
計画された予定通リの時間に降車したルイーズは、駅の女子トイレの奥から2番目の個室に入った。
『一応、
個室の奥に置かれた生理用品のビニール包装袋の中には小さな紙袋が入っており、その中には生理用品というには物騒過ぎるいくつかのツールが入っている。
ルイーズは小型拳銃や偽の身分証が入っていることを確認すると、スーツの上着の内ポケットの位置にある小さな金具を捻って通電させた。
『これでカメラと顔認証はごまかせるはず…実感ないわね』
スーツを用意した連中によれば、このスーツは一種の電子偽装服の機能があって電源を入れることで数時間の間、スーツに縫い込まれた通電繊維が人間には殆ど見えない波長の光を出すらしい。その光る繊維の模様が監視カメラの顔認識を撹乱しそこに人間がいないか、いても顔がどこにあるのかわからないようにするとか。
つまり、しばらくの間ルイーズは監視カメラに対しては電子的に透明人間になる、という効果を発揮するらしい。
『さて。ナードに愛想よくする時間は終わりね』
ルイーズは小型拳銃にしっかり22口径弾が装弾されていることを確かめると、女子トイレの外で落ち着かなげに立ち尽くしている間抜けな男へ、中に入って助けてくれるよう猫撫で声で呼びかけた。
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