第32話 お話をしましょう

「やれやれ。これでレクサスの修理代ぐらいは出るかな」


 ヒロキは大人しくさせた大柄な外国人2人を後部座席に押し込むと、再びアクセルを踏んで会社に戻った。


 夜中なので警備員を除くと会社に人は殆ど人がおらずヒロキは見とがめられることなく社内の駐車場まで移動できた。


「うーん…この人達、どうするかなあ…車の中に入れておくのは嫌だし、かといって社員にいろいろ聞かれるのも面倒だしなあ」


 少しの間だけ腕組みをしたヒロキは、社内に格好のモノがあることに気がついた。


「そういえば、アレに入れておけばいいか」


 大きさ的にも丁度良い。


 ヒロキは倉庫から蓋が空くタイプのドラム缶を2つ肩に載せて抱えてくると、車から1人ずつ引きずり出して缶の中に押し込んだ。

 駐車場の監視カメラの死角は確認済みである。

 2人が大柄なせいで少しだけ苦労したが、幸い気絶していたためか文句は出なかった。


「あ、このままだと窒息するな」


 缶の蓋をしようとして、ヒロキは気がついた。

 このドラム缶は廃液密封用途のものなので、気密性が高いのである。


「暴れて蓋が外れても困るし…よっ、とまずは穴を開けて…」


 手近に工具がなかったので仕方なく、最近よく伸びて困っている爪でドラム缶の蓋にずぼずぼと穴を開ける。

 同じことを別の缶の蓋にも2回繰り返した。


「それで蓋をして、ギュッとする、と」


 ヒロキがギュッとドラム缶と蓋を握りつぶして変形させると、缶は金属の悲鳴を上げた。

 これで蓋が外れることはなくなったはずだ。


「よいしょっ、と」


 ヒロキは2人の誘拐犯が入ったドラム缶を再び両肩に載せて担ぎ上げると、社内で静かにお話ができるヒロキだけの場所へと向かった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 ガンッ、とコンクリートに金属が衝突する音と同時に体に加えられた衝撃で、男は目を覚ました。


 だが、暗い。


 微かな光に目を凝らしても、見えるのは折り曲げられた自分の腹部だけだった。


 息が、苦しい。


 最初の思考は、自分は生き埋めになったのか?というものだった。


 以前、部隊の訓練で雪山で雪崩に埋まったことがある。

 そのときも同じように体を一切動かすことができず、苦しい姿勢のまま救助されるのを待った。

 地獄のような時間だった。


 今は幸い手を動かすことはできた。

 ゆっくりと慎重に壁に触れるとプラスチックか金属のような滑らかで冷たい手触りが伝わってくる。


 なんだ、これは。


 声を出して助けを呼んだ方が良いのか。

 しかし、鋭敏な彼の感覚は何か恐ろしい存在が近くにいることを訴えている。


 もしも大声を出すと、その「何か」の関心を引いてしまうかもしれない。


 彼は部隊で受けた訓練通り、静かにゆっくりと呼吸をする。


 落ち着け…落ち着け…息を吸え…息を吐け…ゆっくり…ゆっくりとだ…


 だが、そうしてようやく鎮めた彼の精神も、突然近くで上がった叫び声に、その仮初の安定は破られる。


「うわあっ!出せッ!出してくれっ!なんだここはっ!!出せえええええっ!!」


「ジョンッ!!」


 それは相棒の叫び声だった。

 バンバンと激しく金属を手で叩く音が聞こえる。


「くそっ!!今行くっ!ぐうっ!!なんだってんだ!!」


 アダムも相棒を救出しようと周囲の金属を手で叩き、足で蹴りつけたが苦しい姿勢のせいで力を出すことができない。


「ぜえっ…はぁ…ちっ…はぁ…」


 30秒もしないうちに息が苦しくなって自力での脱出は断念せざるを得なかった。


 ジョンも状況は同じらしく、やがて静かになった。


 アダムはようやく自分と相棒が、標的に捕まったらしいことを理解した。


 ★ ★ ★ ★ ★


 ヒロキは2人の入ったドラム缶を穴の傍に設けられた仮眠室に運び込んでいた。


 この部屋であれば誰に邪魔されることもなく2人を置いておける。

 そもそもコンクリート壁で囲まれた穴の周囲に三重の認証を超えて入室できるのは石田とヒロキだけであったし、仮眠室はヒロキの私的空間であるから他に誰が来る心配もない。


 廃棄物処理の施設にドラム缶を抱えて入るのも不自然ではないだろうし、まさか両肩に1つずつ載せたドラム缶が中身入りだ、と思う人間もいないだろう。


「さあて、どうしたものかな」


 2つのドラム缶の中身にはレンタルした車の修理代以上の価値はないのだけれど、ヒロキは自分を誘拐しようとした相手と少し話してみたかった。


 とは言えヒロキは語学は苦手である。

 無線相手は日本語が喋れたが、先ほどから叫んでいた言葉は英語のように聞こえた。

 まさか社員を呼んで通訳をさせるわけにもいかないし。


「…翻訳アプリで大丈夫かな?」


 スマホに入っている翻訳アプリを立ち上げる。


「旅行…ビジネス…違うな…教育?かな?」


 ”自分を誘拐しようとした人とのお話会話例”はないので、諦めて一般的な文例で質問をしてみた。


『あなたは、誰ですか?』


 アプリの合成音声は、仮眠室の硬い床と天井に反射して思いのほか大きく響いた。


 30秒ほどして、英語で返答があった。


「Just get the fuck out of here and let us go!

 I'll fucking kill you!

 Get us out of here! You sadistic bastard!

 Our people will be here soon.

 And then you'll be minced meat! You hear me?」


 どうやら英語で通じるらしい。


「…わからん」


 だが早口なのと口調が汚くて何を言っているかよくわからない。

 キルとかファックとかいう単語は辛うじて聞き取れた。


『すみません。もっとゆっくり喋って下さい』


 今度はゆっくりと、しかし大声の罵声だけが返ってきた。


 すごいな、ほんとにファックとかサノバビッチとか言うんだ。

 ハリウッド映画でしか聞いたことのない罵声の言い回しに少し感動する。


 とはいえ、あまり根性を出してもらってもお話ができない。

 ちょっと質問の方向性を変える必要があるかもしれない。


『質問に答えてください』


『少し揺れますね。大丈夫ですか』


 また罵声が返ってきそうだったので、ヒロキはドラム缶の1つを持ち上げて、ゆさゆさと30秒ほど揺すった。

 サービスにときどき回転も加えてみた。


「よいしょっ、よいしょっ、ほらっと」


 もう一つのドラム缶も続けて揺すると、もう罵声は聞こえなくなった。


『気分は大丈夫ですか』


『質問に答えてください』


『あなたの名前を教えてください』


 しばらくして、小声で『友人はJと呼ぶ』『エースだ』と返答があった。


『わかりました。お友達になりましょう』


 ようやくコミュニケーションが成立したことに、ヒロキは小さな満足を覚える。

 最初は取り上げた拳銃の名前、教えてもらおうかな。銃とか詳しそう。


 ドラム缶の中からは小さくすすり泣く声が聞こえたような気がした。

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