第31話 ママと相談してきてね

「標的はパーキングエリア通過」


「了解。3号車は合流せよ」


 2号車の報告を受けてパーキングエリア待機の3号車も合流するよう指示をした後、白人の男は苛立ってダッシュボードを叩いた。


「くそっ!交通事故は起こさず、パーキングエリアはパス、か。ロブスターの癖にやるじゃないか」


「プランアルファ、ブラボーも空振りましたね。素人にしてはやります。勘が良いんでしょうか?」


 ヒスパニック系の男も白人の男に同意した。

 標的は美味しいフォアグラでなく、野性味のあるガチョウか。

 どちらであっても最終的には獲物になることに違いはないが、手間がかかるのは面倒ではある。


「かもしれないな。仕方ない。直接的な仕掛けになるが、プランチャーリーで行く。国道を降りたところで仕掛ける」


 できれば事故、もしくは目撃者は最小限にしたかったのだが、この際は事件になっても仕方ない。


「プランチャーリー、了解」


 各車からの返答を確認しつつ、白人の男は誘拐成功後の逃走ルートをシミュレートしていた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 ヒロキは久しぶりのドライブに満足していた。


 久しぶりの都内の高速道路の運転は緊張したし煽り運転をしてくる車などがいて閉口したが、東京を抜けてからは気持ちよく運転できた。

 次の出口で高速を降りて、そこから国道になると途端に車が少なくなる。


「会社のあたり、何もないからなあ」


 ときどき廃液を満載したタンクローリーや危険物のドラム缶を満載したトラックが通り過ぎるくらいだ。

 安全運転で走っていると、ときどきすごいスピードで追い抜かされる。


「危ないなあ…危険物を積んでるんだから気を付けてくれないと」


 帰社したら担当者と相談して乱暴な運転をしている取引会社には注意を促した方がいいかもしれない。


 また後ろから一代の車が追い抜きをかけてきた。

 ライトをハイビームにしているので眩しくて車種はよくわからないが、黒いバンだろうか。


 パッシングして先に行くよう促すと、横並びから前に割り込んでぶつけて来ようとした。


「なんだこいつ、ハリウッド映画の見過ぎじゃないか!」


 慌ててブレーキを踏んで停車させると、前に止まったバンのドアが横に開いて目出し帽に黒ずくめの男が3人、降りてきた。

 車のライトに男達が持った獲物がシルエットとなって反射する。


 うち1人は明らかに拳銃を持っているように見えた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「3号車、標的の停車を確認。作戦を継続」


「2号車、道路封鎖完了」


 各車から連絡が来る。


 上下線の道路を1号車と2号車で事故を装って短時間封鎖し、その間に誘拐犯が乗車した3号車で標的を誘拐する。

 それが作戦チャーリーである。


 誘拐された車が残るので明らかに事件となってしまうので避けたい作戦であったが、仕方ない。

 誘拐は実行から通報までの時間をどれだけ稼げるかで成功率が決まる。


「1号車、道路封鎖確認。携帯妨害装置作動。5分で済ませろ」


 3号車には一定範囲の携帯電話を妨害する装置が積んである。

 万が一通報されたとしても少しは時間が稼げるだろう。


「3号車、これより作戦を実行する」


 そして3号車の連中は経験を積んだプロが揃っている。

 少し用心深いだけの素人など問題にもならない。


 停車させて、車のガラスを割り、ドアを開けて、対象を引きずり出し、車に載せる。

 一連の作業には一分もかからないだろう。


「なんだ、窓が割れねえ!」


 無線から戸惑ったような声が入ってきた。

 トラブル発生か。


「どうした、3号車」


「こいつ生意気に防弾車に乗ってやがる。ハンマーで試してみるが…クソっ割れねえぞ!」


 ガンガン、と鈍いプラスチックを叩きつける音が無線越しに聞こえてくる。

 あのレクサス、防弾車か。


「警報までなりやがった!手間かけさせやがって!!」


 警報装置が作動したようだ。

 甲高いサイレン音も聞こえてくる。


「3号車、落ち着け。所詮は国内仕様の軽防弾車だろう。拳銃の使用を許可する。一発では貫通しないだろうが同じ個所を何発も撃てば割れるはずだ。後部座席のガラスを狙えば標的を傷つけることもないだろう」


「…3号車、了解。おい、銃を出せ!」


 標的が防弾車まで所持しているとは意外だった。

 標的の資産価値を考えれば自然だが、そうした事前情報はなかった。


 どうする?引き上げるか?

 しかし次にこれだけの機会が巡って来るかはわからない。

 このまま強行するか?


 白人男が迷っているうちに「開いた!」と3号車の声が入ってきた。


「どうした、拳銃で窓に穴が開けられたか?」


「いや、この野郎が銃にビビったのか窓を開けやがった。馬鹿な奴だ!おい、ドアを…うわっっ」


 一瞬だけ悲鳴が聞こえて無線が途絶えた。


「…どうした!おいっ!!」


「この野郎!アダムを返せ!…何だこいつすげえ力だ…うわぁッ!!」


 誘拐犯の別のメンバーの声が一瞬だけ聞こえたかと思うと、また悲鳴と共に無線が途絶えた。


「おい、どうした!3号車、どうなってる!」


「ジ、ジョンとアダムの奴が窓に吸い込まれちまった!!銃も取られた!!中ですげえ悲鳴が聞こえてる!ど、どうすんだ!ハロッズ!!」


「バカ野郎!名前を出すな!」


 最悪だ。


 何が起きたかはわからないが、3人組の誘拐犯のうち、ジョンとアダムが捕まったらしい。

 銃がなければ防弾車の中の標的に手は出せない。


 誘拐は失敗だ。

 すぐに警察が来るだろう。


 メンバーは見捨てて撤退して作戦を練り直すしかない。

 もしも、そんな機会があれば…。


 ハロッズが悔しさに歯噛みしていると、無線機が鳴った。


「あー聞こえてるかな。もしもし。日本語で通じる?」


 のんびりとした男の声だ。


「…聞こえている」


 ハロッズが日本語で返すと、標的は襲撃を退けたときよりもホッとしたような声で言葉を続けた。


「この車は借り物でね。けっこうな高級車なんだ。保険は出るけど修理代ぐらいは出してもらいたいね」


「…考慮する。お前が引きずり込んだ2人は無事か」


「車の中でのびてるよ。煩かったんで静かにさせといたけど」


「わかった。金は用意する。準備でき次第、こちらから連絡する」


「早いところ頼むね。車のレンタル代も大変なんで」


 短いやり取りの後で、無線は切れた。


「…くそっ!」


 指の色が白くなるほど無線機を握りしめて、ハロッズは怒鳴りつけた。


「なんなんだ、こいつは!!なんなんだ!!」


 平和ボケ国家ジャパンでたまたま大金を掴んだだけの暴力沙汰には素人だったはずだ!


 タフだとか勇気があるとか、そういうレベルの話じゃない…自分達を初めから相手にしていないような態度をとりやがる!


 銃を持った複数の外国人に誘拐されかけたというのに、野球ボールが飛び込んでガレージの窓が割れたからママに相談して来てね、と言わんばかりだ。


 アレはなんなんだ?


 大した事件じゃないから警察には通報しない、というつもりか?


 それとも警察には知られたくない後ろ暗い事情でもあるのか?

 まさか、どこか別の犯罪組織の手が既に伸びているのか?


 様々な疑問が渦巻き呆然としているように見えたハロッズに運転席のヒスパニック系の男が指揮を執るよう促す。


「…指示をお願いします」


 そうだ。指揮は作戦が失敗したときにこそ必要だ。

 ハロッズは辛うじて精神を立て直すと、各車に指示を飛ばした。


「作戦チャーリー失敗。1号車、2号車は道路封鎖を解く。2号車は3号車のバンを回収。集合地点Aまで撤退」


 ヒスパニック系の男に運転を任せて、撤退と資金調達計画に意識を移しつつも、ハロッズの頭からは疑問が去らなかった。


 いったい自分達はなにを相手にしているんだ?と。

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