第3章:グローバル海外進出編

第29話 ここでは夢を見られない

 廃棄物の処理の一部を自動化したことでMCTBH社の売上は激増している…らしい。


 ある日の経営会議で、石田が「今後の会社の方針について相談がある」と持ち掛けてきた。


「以前、商社や化学系の企業から提携の話がある、とお伝えしたことを憶えていますか」


「あったね、そういう話」


 たしか廃液処理をビジネス化する際に、そうした大口顧客とどのように関係を深化させるか。

 その一つの方法として提携もしくは出資という形式が議論された記憶がある。


「今は、どうなってるんだっけ」


「出資については社長が難を示されたので長期契約を結ぶ、という形に落ち着いています。が…不満も多いようです」


「今のやり方を変えて欲しい、とか言って来てるの?」


「そうですね。処理の量も大量になってきましたから契約が終わると顧客の経営が傾きかねません。先方の経営陣としては経営リスクを減らすために出資して多少でも議決権なり支配権が欲しいんでしょう」


 契約先からしたら10年間委託してきた処理が翌年から3倍にします、などと言われるリスクは避けたいだろうから当然の要求ではある。

 そもそも自分は金が目的ではないからそんなことをするつもりはないが、言葉だけでは信じられないだろう。

 しかし面倒くさいものは面倒くさいのだ。


「顔も知らない連中に株を握られるのは嫌だし、それも面倒くさいなあ…」


 今のMCTBH社はヒロキの100%オーナー会社であるから穴の秘密も保てるし、穴の傍に仮眠室を設置するなどという奇癖も許される。

 もしも他の資本が入ってくると、ヒロキの合理的でない行動について咎められたり、説明も求められるかもしれない。

 それは本当に面倒くさいことだ。


「それで、そう言って来ているのが1社や2社じゃないんです」


「なるほどね…だけど仕方ないじゃない?何か対策はあるの?」


「ええ。それが相談の内容です。いっそ商社か化学会社を買ってしまえばいいのでは、と思いまして」


「えっ。それって、企業買収ってこと?」


 経済小説とかニュースで見たことがある単語だ。

 M&Aとかいうんだっけ。


「そうです。流通やプラント処理設備を会社ごと買ってプロセス内部化して利益を自社で独占します。他社を儲けさせなくて済みますし秘密も守れます。会計的には固定費を増やして変動費を減らすことになりますね。規模が大きくなればなるほど利益が出ます。つまり会社をより大きくする方向に舵をきるわけです。これはヤクザや地方自治体の干渉を受け付けない、という当初の起業目的にも合致するものと考えますが」


 そういえばまだ石田が大学の研究員であったとき相談した目的は「会社を大きくして面倒ごとが近寄ってこないようにしたい」だったような。

 しかしよく憶えてるな…言われるまですっかり忘れていた。


 ただ、石田の提案は合理的にも聞こえるが問題もあるように思える。


「すごく合理的な提案にも聞こえるけど、いくら儲かってるからって、そもそも企業買収できるような資金って、自社うちにあったっけ」


「お金を投資したい、借りてくれ、という話は山ほど来ていますね。提携の話よりも多いくらいです。その対応もあって相談したくてですね」


「そんなに来てるの?」


「説明会を開く必要がある程度には」


「上場もしてないのによく嗅ぎつけてくるね」


 マネーのハイエナこわい。


「世間のお金は投資する先がなくて困ってますからね。中国は不動産バブルが弾けた上に、仮想通貨ブームを引っ張ったビットコインはパッとしない。次はインドの時代だ、と言われていますけどカースト制度が足を引っ張ってIT以外の産業がいっこうに発達しませんし…あ、うちも余剰電力処理で仮想通貨のマイニングしてます。電力を一切使わない廃棄物処理は不自然なので」


「ははあ…」


「欧州の方は大騒ぎになってますよ。せっかく米中日に対抗して、クリーンテクノロジービジネスを仕掛けたのに、全てをゼロにする出鱈目な企業が日本から出てきたわけですからね。彼らは国家戦略レベルで産業戦略を練り直さないといけないでしょう」


「そこまでいくと話が大きすぎてよくわからんなあ」


 ヒロキはぼやいた。


 どんな廃棄物でも超低コストで処理するMCTBH社のビジネスは世界情勢にまで影響を与える、とか言われても全くピンと来ない。

 ヒロキはただ穴の傍にあって、穴に少しでも多くの廃棄物を放り込み続けたいだけなのだから。


 それよりも、続く石田の言葉の方が衝撃的だった。


「と、いうわけで東京のホテルで投資家向け説明会を開きます」


「えっ」


「3か月後に、東京で社長が喋ってもらいます」


「えっ」


 どうやら取材以来まったく出番のなかったスーツを引っ張り出す必要があるらしい。


 ★ ★ ★ ★ ★


 投資家向け説明会をどこのどんなホテルで行うか。


 その選定には主幹事会社の証券会社の趣味が色濃く出るらしい。

 このあたりの手配はど素人なので手数料を払って委託した。


 今回の説明会では海外からの投資家達の関心も高く都内にある五つ星外資系ホテルのホールで行うことになった。


 ホールにはマネーの匂いに群がるハイエナおじさん達が高級そうなスーツを着てずらりと座っている。


 たぶん全員がオーダーのスーツを着て車より高い時計をしているんだろう。

 この部屋では自分の着ているスーツが最安値かもしれない、とヒロキは思った。


 人が8割がた埋まったところで時間となり、MCTBH社の投資家向け説明会が始まった。


 本来は英語でのプレゼンテーションが望ましいらしいけれど、とうぜんビジネス英語なんて喋れるはずもないので通訳を介して日本語で説明させてもらう。


「ですから当社の戦略としましては、世界的なグリーンビジネス分野の成長でグローバルナンバーワンのシェアを取ることにあります。具体的には産業上流分野の石油化学工業分野で産業活動に伴い排出されるCO2、各種の廃棄物から始まり、産業の下流である消費財までの廃棄物のグローバルサプライチェーンを低コストで築くことによりバリューチェーン全体の付加価値費用の低減を図りまして…」


 うん。日本語で喋っていても、カタカナが多くて自分の言っている意味がわからない。

 実は通訳の人には予め英訳原稿が渡されているので、俺の内容とは関係なく切れない英語のプレゼンテーションが参加者には聞こえているはずだ。


 ただ石田には「社長は体格に迫力がありますから前を見て自信ありげに喋って下さい。あとはやります」と心強いアドバイスを貰っていたので、20分程度の短時間だった何とかやりとげることができた。


 説明が終わると一斉に手が上がり質疑応答の時間となる。


 なんかアングロサクソンっぽい白人が立ち上がって早口の英語で喋った。

 何を言ったかはわからない。


「質問にお答えします」


 軽く肯いて石田に対応を丸投げする。


 以降の質疑応答は石田と外国人の間で行われ、投資家向け説明会とやらは平和裏に終わった。

 軽い立食パーティーがあり、そこでも何か話しかけられたが通訳と石田に任せて食事だけに集中した。

 この費用、会社が出してるんだよね…多少は元をとらないと。


 その夜はそのまま外資系のホテルに泊まる。

 ホール使用料で大盤振る舞いしたせいか、なんとかいうスイートルームをサービスで提供された。


「やれやれ。ゴミを穴に100tスコップで投げ入れるよりも疲れた」


 広い部屋も、やわらかベッドもホテルの窓から見える東京の夜景も何だか1人では味気ない。


 早いところ穴の近くの殺風景な部屋に帰りたい。


 ここでは良い夢は見られそうにないから。

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