第24話 夢をみていた

 最近はよく夢を見る。


 暗く温かな場所に招かれて気分が安らぐ夢。

 おかげで毎日気分よく起きられて体調もいい。


 ところが昨夜は何だか騒がしい夢を見た。

 今でも気分がざわざわとして落ち着かない。


「どんな夢だったかなあ…」


 と思い出そうとしても、たいていの夢がそうであるように眠っているときはあれほどくっきりと印象的だった夢も、起きた時には綺麗さっぱり忘れ去ってしまい、ぼんやりとした印象だけが残る。


「まあいいか」


 ヒロキは顔を洗って着替えると、自宅を改装したバーに向かった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 来てみると、朝も早いというのに数人の社員がいてコーヒーを飲んでくつろいでいた。


「おはようございます!」


「おはよう」


 挨拶をして業務用のコーヒーメーカーからコーヒーを淹れる。


 改装したバーには生ビールのサーバーを設置するのと一緒に、業務用のコーヒーメーカーも設置されている。

 なにしろ会社が僻地にあるので近くにコーヒーを飲める場所がないし、なんとかバックスとかお洒落カフェに行くには1時間も車を走らせる必要があるから、というので改装時に設置したのだ。


 いちおう会社の敷地には自販機も複数台設置してあるものの、僻地なので自販機の業者も毎日交換に来てくれるわけもなく、よく中身をきらしている。

 それならせめてコーヒーぐらい自由に飲めるように、ということでささやかな社員向けの福利厚生として開放されている。


 社員や来客であれば無料で飲めるので、宿直明けの社員や朝早く来て休憩時間をここで過ごす社員も多い。


「さあて、今日のニュースは何かな」


 これも社でとっている新聞を広げてニュースを確認する。

 複数社の新聞に目を通すには今でも紙の新聞が便利だ。

 全国紙に加えて地元新聞もとっているのはお付き合い、というやつだ。

 廃棄物処理という叩かれやすい事業を経営するのだから、地元のマスコミとは良い関係を築いていかないといけない。


 まあ、このあたりはほとんど人当たりの良い石田の受け売りなんだが。


「企業経営者の一家殺人。犯人は逃走中か。物騒だねえ」


 地元紙一面の記事は、地元運送企業経営者田辺勝(54)が妻、子供3人と共に深夜自宅に侵入した犯人に殺された、という凄惨な事件を伝えていた。


「それ、ブラック企業経営者連続殺人事件、とか言われてるみたいですよ」


「なんだい、それ」


 コーヒーを飲んでいた社員の一人が「ネットの噂なんですけど」情報通らしいところをみせて教えてくれた。


「ここ数カ月で連続してる経営者一家惨殺事件なんですけど、どの企業もブラック企業という共通点があるって。警察も社員の恨みによる犯行じゃないか、って線で捜査してるとか。噂ですよ?」


「おいおい、じゃあうちも気をつけないと」


「社長を襲うやつなんていませんよ。返り討ちになります」


 おどけてみせたのだが、社員達に冗談は通じなかった。


 ★ ★ ★ ★ ★


「県警本部長のやつ、おかんむりだったな」


「ええ。まあ厳重警戒中に管内で殺人事件ですからね。上もその上からのプレッシャーがきついんでしょう」


 萬田刑事は運転する長井刑事に、朝の捜査会議で声が掠れるほど怒鳴りつけていたキャリアを揶揄した。


「まあ、怒鳴りつけたい上の気持ちもわかるがね」


 県内だけで4件。都内も近県も含めると連続で7件の連続殺人事件ともなれば、解決できない警察への風当たりが強くなってきていることは想像に難くない。


「しかも社長だけじゃなく、妻と子供まで皆殺しだからなあ…。犯人の野郎、人間じゃねえよ」


「手口だって乱暴なのに、なんで捕まえらんのですかね、萬田さん」


「乱暴だからだよ。動機、凶器、道具、そういうのが全く分からねえ。突発的な通り魔と一緒だ」


 犯人の手口は呆れるほど単純で共通である。

 だからこそ、一連の犯罪を警察では同一犯と見なして捜査している。


 犯人はまず深夜の会社に忍び込む。

 そうして残業している少数の社員を脅して社長の自宅情報を聞き出した後に社員を気絶させるか縛ってロッカー等に押し込む。

 あとは会社にある金銭や貴重品を奪ったその足で深夜、経営者の自宅に侵入し一家惨殺に及ぶ。


「萬田さん、犯人がブラック企業だけを狙ってる、って本当なんですかねえ」


「週刊誌の話か?まあどこの会社も評判は良くねえな。厚労省のブラック企業リストに載ってるのは確かだが」


 厚生労働省では労働環境改善を目的として労働基準関連法令違反の企業の一覧リストを毎月県別に公表している。

 いわゆるブラック企業リスト、とはこの違反企業リストを指している。


「だがなあ長井よ。世間にどんだけの数の会社があると思ってる?過去の違反も含めれば県内だけでも何百社もある。それを全部警戒しろ、なんてのは土台無理な話だ」


「しかも犯人のやつ、怖ろしく身軽で力が強いですからね。20階建てのビルの7階のオフィスに窓から押し入って金庫の金を盗んで鉄格子破って逃げてます。動きも早くて監視カメラにも映ってないとか」


「勤務中だと警備装置も動かしてないところがほとんどだからなあ」


 ごく一部の金融機関やインフラ関係の企業を除くと、普通の会社は夜間に最後の社員が退社する際に警報装置のスイッチを入れていく。

 また遠隔モニターする必要がある業種を除き、たいていの会社では勤務中の社員を監視することになる監視カメラを日中は作動させていない。


「それに、被害者の会社はいずれも経費節減のために警報装置もなければ監視カメラもなし、と。萬田さん、偶然ですかね?」


「どうだろうな…社長ってのは基本的にケチだからな」


 萬田は捜査会議で配布された「移動する犯人らしき男の姿」とされたボヤけた写真を見つめた。


 遠目に監視カメラがとらえた姿を引き延ばした写真はピンボケで、おまけに高速移動中だったのか掠れていて顔の判別には使い物にならなかったが、低い姿勢でウールのような帽子を被り腰を落とし腕を伸ばした異様な姿勢、という犯人の特徴は十分にとらえていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る