第23話 ドラム缶はなんでも詰められる

 会社の人間と相談して、ヒロキは会社の敷地の整備を大々的に始めることにした。


 今までは中小企業らしく倉庫や設備を継ぎ足しながら誤魔化していたのだが、廃液処理も含めた大きなビジネスを行うとなると様々な面でキャパシティーが不足する。

 東京の大手建設会社に依頼し、担当者と設計の打ち合わせを何度も重ねた。


 最終的に今の敷地を全面的に舗装し、周囲を高い壁で囲み、条例に従って緑地も設けて、大きな倉庫や社屋も建設することになった。


「なんか海外ドラマで見た軍事基地みたいだ」


 とヒロキは印象を述べたが、機能としては近いらしい。

 効率的に人や設備を配置して周囲への警備もするとなると似たような配置になるようだ。


 また、廃液の処理ビジネスへの参入も見越して一時貯蔵のための大型廃液タンクも設置することになっている。


「廃液をタンクローリーで持ってくる企業もあるでしょうから」


 とは、石田の説明だ。


 廃液タンクからドラム缶にわざわざ詰め替えるのは手間なのでタンクからは直接パイプが延ばされて穴のある建物へと続くよう設計されている。

 捨てようと思ったらバルブを開けばいいので、ヒロキがいないときでも処理が可能となる点で画期的だ。

 いずれはドラム缶の処理も自動化したい。


 それと、穴のある建物は分厚いコンクリートで囲まれることになった。

 数日前、ついに外壁のトタン壁を傷だらけで突破した猪が穴を囲む壁に突っ込む事件が起きたからだ。

 その上、企業スパイやヤクザが会社の近辺をうろつくようになり、さすがにトタンで囲むだけ、という掘っ立て小屋では許されくなってきた。


「ちょっと圧迫感があって嫌だなあ」


 とヒロキは主張してみたが


「あれは絶対の機密なんです。いつまでもトタンで覆っておくわけにはいかないでしょう」


 と石田に押し切られた。


 これは石田が正しいが、建屋の完成予想図が大げさすぎる。

 分厚いコンクリートの立方体。

 いつか見た原子力発電所のコンクリート建屋の縮小版っぽい。


「建物というより、お墓…いや、石碑か?」


 チェルノブイリ発電所の跡地でもそうだけれど、原子力発電所のコンクリート建築には、建物と言うより石碑に近い空気を感じる。

 人間には扱えない何かを、慌ててコンクリートを被せて固めたような怖れの形をした科学技術の石碑。


 結局のところ、石田は穴を怖れているのだろう。


 そう思えば、周囲にやたら建てられている欺瞞用のセンサーを詰めこんだモニタリングポストも、穴から出てくる何かを塞ぐ結界のように見えなくもない。

 センサー類には電力やデータ伝達用のケーブルがやたらにつながっていて、注連縄のようだ。


 穴の中から禍々しい何かが出てこないよう延々と人間が廃棄物という世界の穢れを供物に捧げ続ける儀式場にも見立てられる。


「すると俺は神主の役回りになるわけか?」


 ヒロキは神職の衣冠を纏った自分の姿を想像し、そのあまりに似合わぬ様子に苦笑した。


 ★ ★ ★ ★ ★


 大規模な工事には設計のような机上の綺麗な仕事とは別に、泥臭い地回りの仕事もある。


 敷地拡張で買い集めた建設予定地に、どこからともなく集まってきた連中が「環境汚染反対団体」の看板を掲げて掘っ立て小屋を建て始めたのだ。

 実際に座り込んでいるのは痩せたおばさんや世間知らずの学生達っぽかったが、支援者が裏で糸を引いているのかは明らかだった。


「俺に回って来るのって、こんな仕事ばっかりだよな…」


 MCBH社は表向き技術ベンチャーであって、石田の伝手や好みで採用される人間は決まる。

 つまりは、従業員は学者肌の人間ばかりであり…肉体労働や荒事はなぜかオーナー社長のヒロキが務めることになる。


「ここは私有地ですよ。出て行ってください」


「私たちは市民の権利として環境汚染に反対します!」「反対!」「反対!」「汚染企業は出て行け!!」


 案の定、話を聞いてくれない。

 一斉に叫ぶのは、シュプレヒコールとかいうんだっけか。ちょっと楽しそう。

 いちおう彼らが心配している環境汚染は起きていないよ、ということをデータ面から説得してみる。

 なにせ穴に全て放り込んでいるのだから、汚染の広がりようがない。


「環境汚染の指標データはセンサーで取得していますし、モニタリングポストのデータはネットで常に公開されています。それを見れば汚染が発生していないことは明らかでしょう?」


「データは捏造です!」「信用できない!」「捏造!」「捏造!」


 まあ、そうだよね。

 支援者からお金を貰っている手前、こちらの話を聞くわけがないし。

 それと「データの捏造」だけはあってる。

 逆方向にだけど…。


「このあたりは野生動物も多いですから、野宿するなら気を付けてくださいね。あと、ゴミはきちんと始末した方がいいですよ」


 彼らは環境団体というわりにだらしない生活を送っているらしく、周囲には生ゴミや包み紙、プラスチックの弁当箱などが散乱している。

 僻地のせいでシャワーもろくに浴びていないようで不潔な格好をしていた。

 コミューンとかいうんだっけ?なんだか難民キャンプっぽいが。


「ゴミはきちんと捨てておいた方がいいですよ」


 とだけ念押しをしておいた。


「反対!!」「反対!!」「資本主義の豚め!!」


 妙に訓練された罵声を背に浴びながらヒロキは社に戻った。


 ★ ★ ★ ★ ★


 数日後、夜中に生ゴミを漁りに来た猪の群れに散々に追い回されて、例の環境団体小屋が崩壊した、というニュースを聞いた。


 暗闇の中で100㎏を超える猪に襲われたら、人間なんてひとたまりもない。

 大勢の怪我人を出して団体は壊滅し、翌朝になって何台もの救急車に収容されていったそうだ。


 跡地には崩れかけた掘っ立て小屋や奴らが散らかした大量の生活ゴミと、夜中に撒いておいた餌が少し残されていたので、まとめてドラム缶に詰めて穴に捨てた。


 何でも詰めて捨てられるドラム缶はやはり便利だ。


 ★ ★ ★ ★ ★


 完全な漆黒の闇の中で「それら」は卵から生まれた。


「それら」は孵化するとすぐに周囲の腐肉を食い漁り、兄弟達と競い合って食い、勝ち残った「それら」はまた周囲の腐肉を漁った。


 漁っても漁っても限りがない、と思えた腐肉も、やがて骨だけになった。


 飢えた「それら」は硬い骨を強靭な顎で齧り、穿孔し、潜り込んで骨の髄を啜った。


 そうして骨の髄が尽きると、いよいよ飢えた「それら」は兄弟姉妹達と共食いを始めた。


 激烈な闘争の末に勝ち残った「それら」は硬く肥え太った兄弟姉妹達の肉を齧り、殻を砕き、また髄を啜った。


 やがて天から落ちてきた新たな腐肉の匂いを嗅ぎつけた「それら」は大きく羽を拡げて飛び立った。


 幾万もの生命が宿り膨らんだ腹の卵を新たな腐肉の大地に産み付けるために。

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