第22話 アスファルトがタイヤを切りつけながら

 会社が大きく成長し始めてマスコミ等への露出が上がり始めたせいか、業務提携や出資の話が増えてきた。

 いちおう全株式を持ったオーナー兼社長なので、石田から報告を受ける。


「業務提携って何するの?」


「まあ…普通は特定の強みを持つ企業同士が補い合ってビジネスを拡大しよう、という包括的な契約方針ですね。例えば、大型SUVが得意な自動車会社が普通乗用車が得意な自動車会社と業務提携をして、サービス拠点や物流網を統一しようとか…」


「なるほど。うちの場合に話を持ってきてる会社ってどういうところがあるの?」


「そうですね。化学系プラント企業や商社が多いです。プラントはうちと組めるかどうかで下流工程、つまり廃液処理の設計がハッキリ変わりますからね。何十年と稼働して元を取るビジネスですから途中で梯子を外されたり契約を切られないように、しっかりと弊社をハンドリングしておきたいんでしょう。資本も出す、と言って来ています」


「あーなるほど…廃液を安く処理できるならプラント自体も安く作れて安く運営できるからか。それはわかる。だけど商社はなぜ?」


「商社の先にいる企業絡みでしょうね。海外からも廃棄物や廃液処理を請け負ってビジネスにしたいんでしょう。ちなみに買収の提案も来ています。かなりの金額です」


「買収はなしだなあ…好奇心で聞くけどどのくらいの金額なの?」


「野球チームをリーグごと買えるくらいです」


 石田の目は嘘を言っていない。


「…マジで」


「マジです。価格は技術料込みでしょうがね。弊社と組めばゼロゴミ、ゼロエミッションがどの企業でも達成できるわけですから。潜在的には世界中の化学系・重工業系の全企業が顧客になってもおかしくありません。理論上は」


「夢のある話だなあ」


「内陸に弊社がある時点でかなり難しい話ですけどね。タンカーが使えませんから」


「海からパイプラインでも引くかな」


「地域住民の反対運動が起きますから不可能です。長大なパイプラインは砂漠とかシベリアに建設するものですから。弊社の場合、東京湾から東京を縦断することになります」


「それは無理そうだ」


 いいアイディアだと思ったのだけど。


 ★ ★ ★ ★ ★


 MCTBH社は僻地にあって、直接通じる道路は国道から枝分かれした私道が一本だけなのだけれど、さすがにそれ一本だけでは通勤や搬入のピーク時に道路に大渋滞が起きてしまうので周辺の土地を買収して退避エリア的に複数の一時駐車場が設けてある。


 その一時駐車場に、明らかに関係者でない黒塗りで窓をスモークしている車がいて苦情が上がっている、という話が来ていた。


「警備員の人に何とかしてもらおうよ」


「…それが社長を出せ、の一点張りで話を聞いてくれないようでした。腕力となると警備会社の方も再雇用の方が多くて無理がききませんから」


「警察には言った?」


「警察に通報してもその時はいなくなってもすぐに戻って来るそうで。地元警察に強いコネがあるようですね」


「そう来たかあ…ま、いいや。ちょっと直接話をつけてみるよ」


 ちょっと食後の散歩がてら駐車場まで1人で来てみると、駐車場の入出車を妨げる形で黒塗りのベンツが停まっていた。


 無理をすれば脇を抜けられる程度のスペースを空けているのがいやらしいところだ。

 もしも誰かがすり抜けようとすれば、車をこすられた、とか難癖をつけるのだろう。

 手口に進歩がない。


 ごんごん、と車の中が見えない窓をノックするとパワーウインドの窓が下りてダブルのスーツで黒いサングラスの男が顔を覗かせた。

 ああ、やっぱり。あのときのヤクザだ。


「ちょっとね、ここは私有地なんです。邪魔になってるんで車をどかせてもらえますかね?」


「ああん?わしは善意の一般市民として環境問題に関心があってなあ。環境汚染企業を監視しとるんじゃ!」


「へえ。以前は会社員じゃなかったでしたっけ」


「会社員は廃業じゃ。銭にならんからのう」


 べっ甲眼鏡がいなくなって、儲けが減ったらしい。


「でも、うちを監視しても金になりませんよ」


「そうかい?あんた、かなり羽振りがええ、と噂になっとるで」


「お小遣いは増えましたね。おかげで自宅に生ビールサーバーをつけられましたよ。ビール会社の人がメンテに来てくれてます」


 自分の金の使い道は特に思い浮かばなかったので、夜間勤務の社員のための福利厚生で自宅の一部を改装して酒と多少の軽食ができるバーを作ったのだ。

 若い男性社員には好評で宿直勤務を志願する人も増えたので悪い投資ではなかったと思う。


「それで、羽振りの良くない環境問題の人は何しに来たんですかね」


 いちおう僻地まで来た用件を聞いておく。

 まあ、金に困ったヤクザが持ってくる話なんて決まっているだろうが。


「なんだとコラァ!!」


 ゴンッと車内ですごい音がした。

 と、ヤクザはベンツのドアを蹴りつけて開けようとしたらしい。


 もっとも、俺がドアの前に立って開かないよう軽く押さえていたので、ただの自爆に終わったようだけれど。

 その後も何度かゴンゴンと音がしていたけれど、俺が涼しい顔をして立っていたので不毛なドア蹴りは諦めたようだ。


「…あんたの会社の株を買いたい、という人がいてな」


 軽く息をきらせながら、ヤクザが用件を告げた。


 やはり、そういう系か。


「お金の話は表のルートから持ってきてくださいよ。話だけは聞くかもしれませんから」


「したが、断ってきよったが」


 そりゃそうか。フロント企業だものな。石田はしっかりと自分の仕事をしてくれているらしい。


「じゃあ無理です。断られました、と帰って伝えてください」


「…後悔しても知らんぞ?」


「しませんよ」


 サングラスの奥で法木はすごい顔で睨んでいるようだが、なぜか全く怖くない。

 逆にじっと見つめてたらヤクザの方が怯んだように目を逸らした。


「くそっ。このままではすまんど!!東京湾にコンクリート詰めで沈んでから後悔しても遅いで!!」


 と捨て台詞を残すと、ギャリギャリとアスファルトでタイヤを切りつけながら黒塗りのベンツは走り去っていった。


 彼は人の心配をする前に、ドラム缶に詰められることを心配すべきだろうに。

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