第21話 バランスよく水もとる
「おお来た来た」
配送トラックから大きな荷物を1人で降ろしていると、その光景を見とがめた石田に声をかけられた。
「社長、それなんですか?」
「ああ、ネットで探してていいゴミ箱を見つけたんだ
先週話題にした、生ゴミや生肉、動物の死骸問題に対処するために容器をネットで探していて良いものを見つけて注文したものが会社の方に届いたのだ。。
「ドラム缶…ですか?」
「その一種だな。蓋の開け閉めができる」
石田の疑問にドラム缶の上を開けてみせた。
オープンドラム、といってドラム缶の蓋が密閉できるようになっている容器だ。
ドラム缶は規格化されているので製造費が安い上に、輸送が容易、つまり安い。
「このドラム缶を事務所と警備室のところに置いてゴミ箱にしておこう。ナンバリングだけして管理すれば問題ないだろう。盗まれるようなものじゃないし」
石田は試しに両腕でドラム缶を抱えようとして、少しよろけた。
「…こんなに重いものを警備の年配者に運ばせたら労災になりますよ」
「重いかな」
それはちょっと考えていなかった。
鉄板で出来た樽なのだから、普通の人には軽いはずもないか。
「それはゴミだけいれて転がしておいてもらえばいいさ。今みたいに縄かけて猪の死骸を見えるように運ぶよりはだいぶ見た目がマシだろう。基本的には俺が運ぶし、どうしても自分で運びたかったら転がすなり台車を使うなりするだろう。ああ、そろそろフォーク入れてもいいな」
「フォークリフトですか?たしかに。そろそろ重機の一つもないと不自然ですね」
物流倉庫や工場にはフォークリフトがつきものだ。
重量物の上げ下ろしは基本的にフォークリフトを使う。
俺もフォークリフト免許だけは持っている。
実のところ、俺がいるからフォークリフトは不要なのだが、内外の人間に吹聴するのも面倒くさいし。
できる限りは穴の近くでゴミを放り込む労働をしていたのだけれど、社長業もそれなりに忙しくなってきて24時間365日近くにいる、ということは難しくなってきた。
であれば、せめてゴミを綺麗に集めておくための機械と器具には投資する時期なのかもしれない。
「…しかし、このオープンドラム、いいですね」
「そうだろう?」
ドラム缶は頑丈で、安価で、ありふれている。
物流に使用する容器は規格品に限る。
「おそらく内壁加工した製品もありますよね。であれば廃液なんかの液体も受け入れられるかもしれません」
「液体のゴミ、廃液か…」
ドラム缶なら廃液も受け入れられる。
ドラム缶にゴミや液体を詰めて、ざばっと穴の縁で口を開けて流し込む。
再利用できるものはそうするし、再利用不可のものは最初からドラム缶ごと投げ込む。
ゴミ処理は格段に効率が上がるだろう。
すると、そろそろ愛用してきた特注の大型スコップ8号君も引退の時期か。
…よく考えたら1年も使っていないが。
「しかし廃液の持ち込みなんてニーズはあるの?」
液体というのは重い。
重いということは輸送コストに上乗せされる、ということだ。
廃液はいわば商業活動で利益を得たあとの処理コストなので、法律で規制されない限り価格下げ圧力が働く。
化学工業の工場が発展途上国に建設されることが多い理由だ。
昔は廃液垂れ流しで東京の河川にも泡が浮いていた、と聞く。
「それは、ありますよ!なにしろ弊社は処理が安価ですから」
「それはね」
何しろゴミを持ってきて穴に流し込むだけなのだ。
うちに勝てるコスト構造の企業は永遠に出現しないだろう。
「例えば、一般的に廃液処理の際には沈殿槽を設けて有害成分を固形と液体に分離します。固体の方が処理が容易ですからね」
「なるほど」
そのあたりは水道のろ過と一緒か。
「工場の敷地も取りますし、触媒もエネルギーも必要です。そして、そこまでやっても液体は有毒のままですから、さらに別工程で沈殿させたり触媒反応させたりして何とか大気中に放出したり、水でうんと薄めて河川や海に流したりできるようになるわけです」
「結局、流してるのか」
「ええ、うんと薄めて垂れ流します。それしかないので」
なんという、もったいないことをするのだろうか。
「じゃあ、うちでもやるか」
「ええ!お任せください!大きなビジネスになりますよ!」
石田は嬉しそうに胸をはったあと、小声で付け加えた。
「もちろん、テストは必要ですが」
「そうだな。テストは慎重にやらないと」
MCTBH社で「テスト」とは「ダミーデータ作成のための理論構築及び廃棄物設定」を指す。
ゴミを放り込んで何も出てこないのは外面が悪いので外部センサー及びレポート作成のために、架空理論に基づき必要エネルギーと排出される廃棄物を設定する、という穴の次に重要な弊社のコアプロセスである。
「捏造とは違いますよ。そもそもデータが存在してないんですから」
と、今やかなりの高給取りとなっている石田は嬉々として仕事に打ち込んでくれている。
このまま面倒ごとを起こさないで仕事を続けて欲しいものだ。
石田に「何か」が起きると仕事が滞ってしまう。
石田が去った後、しんとした穴の周囲に積み上げられたゴミをスコップで掬い大量に穴へ放り込んでいく。
「ますます、ゴミが増えてくるな。しかし液体なんて放り込んでも大丈夫なのか?」
作業しながら独り言をつぶやくと、久しぶりに穴の奥から「ギィィ」と声が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます