第18話 外見を整える話

 会社が有名になるにしたがって、さすがに穴にゴミを放り込む仕事を続けているだけのでは社長としてダメになってきたらしい。

 建て増ししたオフィスで働いている社員達が新しいスーツを買え買え、と煩いので街中の服屋に買いに行くことになった。


「セットで買うんですよ、靴からベルトとネクタイまで全部!お金ならあるんですから!社長のイメージは会社のイメージ!きちんとしてきて下さい!」


 とえらい剣幕で女子学生のバイトに怒られた。

 あんな学生、雇ったかな。

 いつも離れで穴の中にゴミを放り込む生活をしていて、経営の細かいことは石田達に任せきりだ。


 会社の方も人数が増えて、少しずつ知らない顔が増えてきた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「うーん…お客様の体格ですと、やはりオーダーメードにされた方がいいかと…」


「そうですか…」


 買い物が面倒くさいので道路に面した男性用スーツのチェーン店で吊るしのスーツを買おうとしたところ、体格のサイズの合うスーツがなかった。


「お客様のように体格と肩幅がありますと、既存のスーツでは合わないのですよね」


「はあ…以前、買ったときはギリギリ大丈夫だったんですが…ここ数カ月で身長が伸びまして…」


「またまた、ご冗談を」


 嘘みたいな話なのだが、本当なのだ。


 昨夜、自分で測ってみたら179㎝まで伸びていた。

 学生時代からずっと175㎝以上になりたかったの嬉しかったけれど、今になって伸びてもなあ、という気はする。

 どうせなら若い頃に伸びてモテたかった。


 とはいえ若い店員に困り顔で拒否されれば、無理に押すこともできない。


 それにしてもたった数カ月で以前買ったスーツが着られなくなるとは…愛用のツナギより消耗が激しいかもしれない。

 スーツというやつもなかなかコスパが良くない服らしい。


 結局、店員の紹介を受けて街中のセミオーダーをしてくれる店舗へと足を運んだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


「ご連絡は頂いております。五味様」


「よくわかりませんので、全てお任せします」


 訪れた店は街中で店舗が幾つか立ち並ぶ通りにあって、温かみのある上品な木の内装と高そうな生地が四角い壁棚に幾つもロールされて入っていて…今まで足を踏み入れたことのない高級そうな店だった。


 テーラーという専門の職人さんがいて、コーヒーなども出してくれて雑談をしながら寸法を測ってくれる。

 高級店のサービスってすごいものだな、と根が庶民のヒロキは単純に感嘆していた。


「お客様のように素晴らしい体格をされておりますと―――水泳の選手やラグビーの選手などに多いのですけれども―――まずジャケットとシャツが合わなくなってしまうのですよね。吊るしのスーツは、一般的ななで肩の日本人を標準にしておりますからパットのような生地でシルエットを調整しております。ですがお客様の場合は、それは不要になります。そしてシルエットを合わせるために、まず背中の記事を真っ直ぐに縦に開きます」


「縦に開く?」


「そうです。背筋の記事をピーッと。そうしてシルエットをVの字に合わせて、改めて縫い合わせるわけです」


「すると、シャツも同じように?」」


「そうですね。シャツも同じように特別なシルエットを形成する必要がありますから…本来であればオーダーメートで作っていただくのが最善なのですけれど…」


 白髪で小柄な職人さんの話が面白かったのでオーダーメードを注文しても良かったのだが、今回に限っては時間が足りなかった。


「実は来週から幾つか取材が入ってましてね、それで急ぎで作りたいんです。その代わりと言ってはなんですけれど、3着ばかり同じサイズで適当に見繕ってください。あと靴とベルトとシャツと…ネクタイか。そのあたりもセットでお願いします」


「そうですか…ありがとうございます」


 お礼を言って店を出ると、職人さんはまだ店内で頭を下げ続けていた。


 高級店ってすごい。

 このお店が火事で焼けなくて良かった。


 ヒロキは、今後ともこの店を贔屓にしよう、と店の名前を良い気分で記憶した。


 ★ ★ ★ ★ ★


 市の大火災は全国的にも大きなニュースとなったらしく、全国から報道陣が押し寄せた。


 大学の広報がうまくやったのか、石田がうまく手を回したのかは知らないが、その洪水のように提供されるニュース報道の文脈で会社が取り上げられることになり、代表者のヒロキも急遽、外見を取り繕う必要が出てきた、というのが一連のスーツ騒動の原因だったりする。

 会社まで取材に来た大手新聞社の記者はカメラマンを連れてきてインタビューをしながら何枚も写真を撮影していた。


「それで、会社は素晴らしいスピードで大量の廃棄物を新規技術で処理されている、ということで評判になっておりますが…」


「ええ。大学と共同で開発した技術を用いて、劇的な廃棄物の圧縮を実現しています。技術の詳細については特許に触れますので申し上げることはできませんが、今回の実績は高く評価していただいています」


「しかし、大量の瓦礫や建材を処理するには、あまりに速度が異常である、どこか他所に捨てているのではないか、という声もありますが…」


「新規技術に不安を持たれるのは理解できます。ですから弊社では環境汚染を把握するためのモニタリングポストを設けておりまして、そのセンサーデータはネット上に常に公開しております。そちらのデータをご覧いただければ、一切の汚染物質が敷地から漏れていないこと証明できる、と考えています」


「なるほど、SDGsが問われる中、素晴らしい技術を持った企業が出てきた、ということですね」


「ありがとうございます。弊社は地域への貢献と環境問題の解決を企業のミッションとして掲げています。今回の火災は悲劇でしたが、同時に弊社としても復興を早めるために協力できるだけの技術力と実績を示すことができた、と自負しております」


 マスコミは環境問題とか地域貢献とかいう言葉が大好きだ。

 大手新聞社だけあって事前に質問は寄せられていたため、取材に対して石田が用意した原稿通りマスコミが好きそうなストーリーでうまく喋れたと思う。


 取材記事は翌日の夕刊に掲載され、多少の反響があったようだ。

 近隣の自治体から説明と訪問の依頼があり、災害時におけるゴミの処理を幾つかの自治体から請け負う契約を結ぶことができたのだから、忙しい中で取材を受けた価値があったというものだろう。


 ちなみに新聞記事にヒロキの写真は掲載されなかった。

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