第17話 普通の経歴の男
焼け跡の目立つ市街地から国道を半時間も走らせると田舎道の変わり映えしない景色が続く。
田圃か、そうでなければ山と点在する住宅地。さびれた食堂と朽ちかけた観光案内の看板。
手抜きゲームのランダムパターンで作られたような景色の連続が、田舎の国道沿いの現実を映し出している。
アスファルトを一定のリズムで叩き続ける
「しかし、大学の新規ベンチャー企業ってわりに随分と辺鄙な場所にありますね、萬田さん」
どこまでも同じ景色に退屈してきたのか、相棒の若い
今どきの若い刑事はコミュニケーション能力ってやつが高い。
自分達の頃は、上が口を開くまで黙っていたものだが
「ああ。まあ、
徹夜の捜査続きに、居眠り運転で事故を起こされては困るので、軽口につき合う。
それぐらいは今回の大規模火災の切っ掛けとなった放火殺人事件の犯人探しにカリカリしている上層部も認めてくれるだろう。
「そりゃあわかりますがね、事務所ぐらい市街地にあったっていいじゃないですか。おかげで、こんな僻地まで聞き込みに来なきゃならん羽目になりましたし」
「なんだ、長井刑事は俺とのドライブは不満か。なら署でデスクワークに回ってもらってもいいんだぞ?」
「いいえ!ドライブは楽しいです!…ただね、今日の聞き込み先のマスグリーンなんちゃらテクノロジー、でしたっけ?そこの社長が今回の殺しに関係してるかっていうと、だいぶ見込みは薄いと思うんですがねえ…」
MGTBH《マスグリーンテクノロジーブラックホール》社は、地元大学が最近設立した新技術による廃棄物処理を請け負う大学発ベンチャー企業、というやつだ。
事前に集めた地方新聞のスクラップでは人当たりの良さそうな顔の大学の先生が「地域社会と地球環境への貢献のために起業した」と謳っていて、実際に今回の大規模火災では事後処理にかなり尽力したらしい。
「まあな。だが金貸しの金田のオフィスに焼け残った遺留品に、ここの社長の名前があったんだ。無視するわけにもいかんだろ」
五味大樹。年齢34歳。大卒。大手商社勤務を経て地元でリサイクルショップ創業。今年になって廃棄物処理業に転向。地元大学と組んで新技術による廃棄物処理のベンチャー企業を創業。婚姻歴なし。犯罪歴なし。
特に面白みのない、普通の経歴の男だ。
なぜ、こんな男の名前が遺留品に残っていたのか理由は不明。
同姓同名の別人の可能性もある。
「ですがねえ…金田は金貸しと地上げでだいぶ派手にやってたんでしょ?あいつを恨んでる人間なんて山ほどいるでしょうに…ほら、あの法木ってヤクザ、あいつなんかの方がずっと疑わしいでしょ?」
金田は顧客名簿をわざわざ印刷して壁の耐火金庫にしまい込んでいた。
捜査本部では、その中の何人かが事情を知っているものとして上から順にローラーをかけている。
また、顧客名簿とは別に金田は手帳をつけており、焼け残ったページに五味と法木の名前があったのだ。
「法木の方は暴対で情報を取ってる。うちの課の出番は、もう少し後だよ」
「でも、大学の先生と一緒に会社起こすような人間が、金貸しの殺しとかやりますかねえ…だいぶ羽振りがいいんでしょ?金を借りる理由がなかったら、金貸しと金銭トラブルになる理由がないじゃないですか」
「まあ、そうだがな…」
「やっぱり、法木が本命ですよ。近いうちにデカい金が入る、と言ってたとか」
「おい、長井、捜査に予断を持つな。現場は言われた通りに動けばいいんだ。まずはこの五味ってやつの聞き込みだ」
「わかりましたよ、ああ、見えてきましたね」
視線を上げると、車のフロントガラスに農地の中にポツンとそびえたつ高いトタンの壁で囲まれた敷地が見え始めていた。
★ ★ ★ ★ ★
アポイントなしで刑事が訪問すると、普通の人間は後ろ暗いところがなくてもたいてい動揺するものだ。
ところが、応対した従業員らしい若い男は特に臆することなく「事務所でお待ちください。すぐに呼んでまいります」と敷地内の小屋へと走っていった。
「…俺の面相も迫力が落ちたかな」
「どうですかね」
通された事務所には数人の若い男性社員がパソコンで難しそうな計算をしていたが、ガランとして何とも殺風景なオフィスだった。
来客用の大きなソファーと、壁面に据え付けられた大型のモニターだけが奇妙に場違いな存在感を主張している。
「大きなモニターですね。作業を管理したりするのに使うんですか」
「ああ、それは社長の趣味です」
なんとなしに尋ねると、若い社員が教えてくれた。
「へえ」
趣味は映画鑑賞か。この大型モニターで映画を見たら、さぞ迫力があるに違いない。
それにしても、五味社長という男がますます普通の男に思えてきて、今回の訪問が無駄足になりそうな予感に萬田は肩を落とした。
「あ、社長が戻ってきました」
ガラリ、と玄関ドアがスライドされた音に萬田が振り返ると、汚れたツナギを着た中年男が入ってくるところだった。
「ちょっと手を洗って着替えてきます。お待ちください」
五味は断って事務所の奥のドアに消えた。
萬田は、五味の後ろ姿を息を止めたまま凝視していた。
★ ★ ★ ★ ★
聞き取り自体は、ほんの数分で終わった。
そもそも、火事になった日のアリバイは社員を含め何人も当人が事務所にいたことを証言している。
本人に殺害の動機もない。
「そういえば、何か月か前に金田さんがヤクザみたいな人を連れて会社に違法がゴミを処理しろ、ってねじ込んで来たことがありました。いやあ、もちろん断りましたよ。そんな違法な廃棄物なんて受け入れて事業免許を取り上げられたらおまんまの食い上げですらからね。それで逆恨みされている、ということはあったかもしれません」
と、五味本人からの証言があったことで法木と並んで金田の手帳に名前が載っていた理由も明らかになった。
「やっぱり空振りでしたね、萬田さん」
帰路、長井が運転しながら話しかけたが、萬田はずっと黙り込んでいた。
しばらくして、市街地に入る頃に萬田はようやく口を開いた。
「長井、お前はあの五味って男、どう思った?」
「どうって…普通の男としか…ああでも、すごい体してましたね。ラグビーとかやってたんですかね」
中肉中背という話だったが、身長は高くツナギの外からでもわかるように筋肉の発達した体をしていた。
「経歴は見ただろ?あいつは大学でも特に運動はしていない」
「じゃあジムにでも通ってるんですかね?エグゼクティブはジム行って筋トレが流行だそうですから」
「それだけか?」
「それだけって…萬田さんは、どう思ったんですか?」
萬田は直接に答えず、話題を変えた。
「長井は、今回の
「ええ…なんでも、凄い力で引きちぎられたとか、噛み跡があったとか…建物の倒壊に巻き込まれて遺体は犬にでも齧られたんじゃないかって」
「あの噛み跡な…遺体が焼ける前に齧られてたそうだ。鑑識の同期に聞いた」
「ええっ…?」
「五味が入ってきたとき、俺はあいつと目が合った。この年まで刑事をやってれば、いろんな奴と顔を突き合わせるもんだ。中には詐欺師もいれば、殺人犯もいた。だが、あいつの目はそいつらの誰とも違った…」
「…どう違ったんです?」
長井の疑問に、萬田は頭を振った。
「わからん…」
「わからんって…」
困惑する長井をよそに、萬田はつぶやいた。
「しかし、気に入らんな…あの目、なんとも気に入らねえ…」
それきり萬田は口をつぐんで、長井が話しかける言葉を無視し続けた。
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