第16話 因果応報

 大学発ベンチャー企業というの肩書はいろいろと便利なもので、石田は伝手を利用して学内学外の関係機関から様々なゴミを収集してきた。

 名目的には「新規施設の稼働実験」なので、わりと融通が効くらしい。


 大学は大勢の人間が出入りしているだけあって、多様な種類のゴミが出る。

 事務所の使用済み大量の用紙、学生達が飲食した缶や容器、故障したパソコンやエアコン、学内に植えられた木や植え込みの剪定した枝葉、そして理系学部から出される故障した機器や薬品…。


 それらを実験と称して自社で引き取ってきた。

 大学の方では、経費削減が出来て大いに喜んでいるらしい。


 なぜそんなことを?と地方紙の記者に取材された際には


「地域社会に貢献すると共に、新規技術による廃棄物処理の実績を積む必要があるからです」


 との外面の良い石田の模範的な回答が小さな記事になった。


「あれは表向きの言い訳です。実際のところは、どの種類のゴミに対してどれだけの電力を消費して、どういった廃棄物を出すのか、ダミーデータを出すための演習です」


「穴に放り込む分には、電力も廃棄物もゼロだものなあ」


「そんなデータを外に出すわけにはいきません。電力を使用しなければダミーのプラントがあっても怪しまれますし、処理済みの廃棄物が出てこなければ、持ち込まれた質量はどこに行ったのか、と疑惑を呼びます。質量保存の法則がありますから」


「そういうものか」


「そうです。そうして今は、不自然に廃棄物が出てこないことをカバーするための理論とダミー技術プラントの製造をしているところです。ここに矛盾が出ないよう慎重に行く必要があります」


「なるほどなあ」


 石田の話は相変わらず難しくてよく理解できないが、要するに穴に放り込んで何でもかんでも消してしまう、という現象を悟られないように、理論と技術を上手いことでっち上げている最中らしい。


「人間の世界ってやつは、いろいろ面倒だなあ。そういうのは任せるよ」


「…?え、ええ!他の学者連中に突っ込まれないよう、精緻なデータを作り上げてみせます!」


 報酬をかなり支払っていることが効いているのか、石田は彼なりにモチベーションを上げているように見える。


 ときどきこっそり穴の研究をしているのは知っているが「あの穴が何か」ということは俺も知りたいので世間に知らせて俺から穴を取り上げたりしないのならば、今のところは見逃しておいても良い。


 まあ、そんな感じで1~2年は地道な足場固めの時期だろう、と踏んでいたのだが、そうも言っていられない出来事が起きた。


 市内の中心街で大規模な火災が発生し、大勢の死傷者が出たのだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


「おお、こりゃすごいなあ」


 テレビでは雑居ビルからの出火が周囲のオフィスビルや飲食店に広がって手の付けられない大火災へと成長していく様子が放送されていた。


 とはいえ、完全に他人事でもある。


 幸い、今の主要顧客である大学は火災現場から遠いようだし、まして自社は僻地にあって火の粉も被り様がない。

 テレビでは黒々と上がっている煙も、ここからは辛うじて見えるか見えないか、といったところ。

 ただ、風向きのせいかプラスチックや何かが焦げた嫌な匂いや消防車や救急車のサイレンが聞こえてくる。

 SNSでは様々な動画が投稿されて出回っていた。


 結局、大火災は翌日の夜まで続いて鎮火した。


 だが、地元の火事が他人事だ、と思っていたのは俺だけのようで翌日から大量のゴミが自社に持ち込まれるようになった。


 例のない大火災で発生した大量の災害ゴミで、市内のゴミ処理場が完全に麻痺しているらしい。

 そういうわけで、自社のような実験処理施設にもお鉢が回ってきたそうだ。

 役に立つなら猫の手でも借りたい、ということか。


「まあ、やりますよ。いくらでも持ってきてください」


 と安請け合いしたところ、本当にいくらでも持ってくるようになった。


 自社の敷地の外には焼け焦げた建材やら何やらを積んだ10tダンプが列をなし、慌てて学生バイトを雇って交通整理をする羽目になった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 ダンプがガラをどさりとぶちまけ、コンベアに載せてどんどん穴に放り込む。

 こぼれたゴミを力づくでスコップで寄せて穴に放り込む。


 穴に放り込む一連の作業は外部から見えない場所で不眠不休で行っていたのだが、大量に持ち込んだ廃棄物の山が素晴らしいスピードで処理されていく様子は持ち込んだダンプ運転手たちの間で噂になったらしい。


「あそこに持って行けば処理してもらえる」


 という評判が評判を呼び、火災跡の建材ゴミが業者だけでなく、一般の人も軽トラを運転して持ち込むようになった。

流石に面倒で断ろうとしたのだが


「免許証で身元照会だけしておいて、災害協力で押し切りましょう。念のため役所の方には伝手を使って報告しておきます」


 という石田のアドバイスに従って、軽トラのゴミも期間限定で受け入れた。


 金銭的には大してプラスにはならなかったらしいが、災害時の実績を積んだことに加えて社会貢献をする企業というイメージを買った、と考えれば安いものだという。


 経営以外の面を考えても、次に災害が起きた時には、大量のゴミを穴に放り込むことができるルートが確立できた意義は大きい。

 幸いなことに、日本は地震大国であり、温暖化で洪水が増えている。

 これからも穴に放り込むゴミの発生にに困ることはない。


「はやいところ、次の災害が来ないものかなあ」


 と思わず呟いたところ、事務所の人間達に「不謹慎だ」と盛大に顔を顰められた。


 ゴミを放り込む作業が終わってしまえば、経営面で出来ることは少ない。

 手持無沙汰でぼんやりとモニターで火災関連のニュースを追っていたら、火災による死者の中に、例の何とかファイナンスのべっ甲眼鏡を発見した。


「へえ…あの男、金田勝也って名前だったのか…」


 俺は反省できる男なので「まあ因果応報ってやつだよな」という言葉はさすがに口には出さなかった。

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