第2章:ベンチャー起業編

第15話 大学発ベンチャー企業になった


 さて。ヒロキの個人事業に過ぎなかった廃棄物処理が大学の協力を経て目出度くベンチャー企業にステップアップして何が変わるか、というと。


 会社名を決めた。

 格好いい名刺を注文した。

 くたびれたスーツを買い替えた。

 経費でベンツを買った。

 ホームページを作ってもらった。

 SNSアカウントを作った。

 いろいろ書類を書いて判を押した。


 ヒロキの「やったことリスト」が真っ黒になるほど余計な仕事は発生したが、特に事業内容は変わらなかった。


「まあ…すぐには変わるものでもないよな」


 たしかに事業の見てくれは良くなったが、金銭を生む活動はヒロキがゴミを穴に放り込む仕事だけ、という状況に変わりはなく。

 相変わらず会社登記はヒロキの自宅だし、周囲の敷地の買収も特に進んでいない。


 会社なので適当に社名はつけた。


 マスクリーンテクノロジーブラックホール(MCTBH)株式会社だ。


 何でもクリーンにする会社、という意味で名付けた。

 廃棄物は全て穴に放り込むから、嫌でもクリーンになるわけだし、間違った社名じゃない。


 社員については、石田一派に研究員、という形で入社してもらった。

 ヒロキには他に大学に伝手がないという事情もあったし、何より人材採用が面倒くさくなってしまったのだ。

 エージェントと称する人売りがセールスに来たが、高いマージンを取る癖に適当なことを抜かすので追い出してしまった。

 あんな連中と付き合うぐらいなら、信用できなくとも能力的には信頼できる石田を監視しながら使った方がマシだ。


 それに表向きには、我が社は「最新技術を駆使して地球環境問題に立ち向かう技術ベンチャー企業」なのだから、大学から人員を受け入れるのは自然なことである。


 もちろん給料だってきちんと払う。


「…こんなに?」


「仕事量に応じた給与、というやつですよ。これから働いてもらいますから」


 金が欲しい奴には金をやる。そうすれば裏切る可能性も減るだろう。

 石田は契約書を録音データを押さえた上で、少し大きめのコンクリート片を砕いてみせるパフォーマンスを見せたら大人しくなった。

 雇用にあたっては履歴書を出してもらい、住民票や免許証のコピーをとって個人や家族の情報をとったことも間接的に効いた気もする。

 普通の会社経営者でも同じことをするだろうけれど、よく考えたら凄い個人情報を握るんだな。


 ベンチャー企業とかスタートアップには資本政策、というやつがつきものだが、これは全額自己資金で出した。

 石田がやらかした経緯を考えれば当然のことだが、大学側に株は渡していない。

 あんな奴らに経営権を渡すつもりはないからだ。

 せめて議決権なしでもいいから株式を…と大学側は粘られたが撥ねつけた。

 結果的に人員派遣もこちらで指定した人間に限っているし給与もこちら持ちとなっている。


 今までやっていることリストを改めて見てみる。


 資本金は自分で出した。

 技術もうちが持つ。

 仕事も自分でとって来てこなしている。

 人の給料も自腹で払っている。


「…これで大学発ベンチャーっていえるの?」


「大学の名前は使えますから、まあ」


「うーん…東大とかならともかく、なあ…」


 今のところ単なる名義貸し以上の恩恵は受けていない。

 まあ、そういうものだと考えることにした。


 大学発ベンチャー企業といっても、社長や役員を大学の教授が固める純度の高い関りを持つ会社から、場所や名前を貸すだけの薄い会社まで存在する。

 我が社はかなり薄い方、ということになる。


 そもそも大学に企業を急成長させるノウハウがあるのなら、世の中の企業は大学発企業で溢れているはずなので、気にしないことにした。


 ★ ★ ★ ★ ★


 とはいえ、会社になればなったで問題は降りかかってくる。


「それで、やはり設備投資した方がいいと思うんです」


「設備投資ねえ…」


 個人事業から会社にする段階で、税理士を雇って帳簿を整理することにした。

 税理士業界も人余りで大変らしく、若手で優秀な人を雇えた。

 彼に帳簿を見てもらったところ、大変なことが発覚したのだ。


「社長、このままだと来年の税金が大変なことになりますよ」


「え、そうなの?」


 なんと利益が出過ぎているので法人税が滅茶苦茶に取られることになるらしい。

去年まで儲からないリサイクル屋をやっていたので、そのあたりがピンと来ていなかった。


「…まあ、利益が出るのは事業構造上、仕方ないな」


 なにしろ我が社は驚異のゼロコストビジネスだ。

 運搬費ゼロ、機器レンタル費ゼロ、在庫保管費ゼロ、廃棄物処理費ゼロ…ゼロコストでゼロエミッションを実現している。

 究極のエコ企業だ。


「ですけれど、今後は取引先を大手企業まで広げるのですよね?」


「そうですね。近県の中小事業者から廃棄物処理では間に合わなくなってきてますから」


 我が社があまりにバカスカと安価に廃棄物を集めすぎたせいだ。

 他の廃棄物処理業者にも悪影響が出ているとか。


「であれば、まずは設備投資の一環として手始めに周囲にセンサー類を整備して検査体制の構築、それとレポートを定期的に出せるようにしませんと」


 設備投資の用途については石田の知識がものを言う。


「そうだね。そこは好きにやってもらっていいよ」


 石田一党には、きちんと大企業に通じるだけのダミーデータを作り続ける、という重要な仕事があるのだから、資金の余裕がいまは惜しむ局面でもない。


「そうして多くの取引先を開拓して…」


 できるだけ多くのゴミを集めて、穴に放り込む。

 それが、この企業の隠れたミッションなのだから。


 ★ ★ ★ ★ ★


 事務所での打ち合わせが終われば、今日ももヒロキは大型のスコップで大量のゴミを人間離れしたスピードで穴にどんどんと放り込み続ける。

 ダンプからコンベアで穴まで大雑把に運搬できるようにはしてあるが、今のところ最後には人力で調整する必要がある。


「なんだ。お前、嬉しいのか?」


 ふと、なぜか黒い穴が少しだけ震えたように見えた。

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