第10話 そして人影は穴の奥に消えた

 勢いよく侵入した者達は、めいめいがスマホを構えて暗闇の廃棄場をさ迷っていた。


 主観的には、彼らはハンターだった。

 彼らはこの場所の「何か」を見つけ出し、どん底の人生を変えるために来たのだ。


 もっとも、ヒロキが昼間の労働で片づけた廃棄場は大学の研究者たちが保証したようにゴミ一つ落ちていない。


 穴の上に山と積まれた「それ」の他には。


 しばらくして、廃棄場に散った面々はだんだんと穴の上に綺麗に積まれたゴミ山に集まることになる。

 他に何も「それらしいモノ」が何もないからだ。


「このゴミ山の中に何かがあるんかなあ…」


「これに突っ込むのか?イヤだぜ、俺あ…」


「だ、だけどよう、このまま帰ったらマズいぜ!」


「そうよ!何とかしなさいよ!男でしょ!」


「おいっ!静かにしろ!大声を出すな!」


 何が大声を出すな、だ。


 彼は一緒に送り込まれた連中の頭の悪さに、舌打ちを隠せなかった。

 あれだけ壁を破る際に大きな音を立てておいて、今さら声を潜めたところでどれだけの効果があるのか。


「やっぱ、あっちの自宅の方を探るか?」


「えー?だって、すごく強い奴がいるって聞いたよ?」


「大丈夫じゃねー?、寝込みを全員で鉄パイプでふくろにしてやれば、ヤクザだってどうしようもねえよ」


「そうそう、ビビるなビビるな。俺達ならいけるっしょー?」


「それに金持ってるかもしんないしー?この会社、すげー儲かってるんでしょ?恵んでくれたっていいんじゃね…えっ?おいっ!なんだ!?」


 相談が怪しい方向に行きかけたとき、山と積まれていたゴミの山が、ごそり、と動いた。


「山が…」


「おいおい…」


「すげえ…」


 彼らが驚いて見つめる間に、みるみる間にゴミ山は高さを減らし、積まれたゴミが穴に飲み込まれていく。


 この場にいる全員が理解した。

理解せざるを得なかった。


「これ」こそが金貸しが知りたい、と言っていた秘密なのだ。


「…やべっ、動画撮んなきゃ…くそっ暗くて映んねえ!」


「ばかっ写真だよ写真!ライト炊いて撮んだよ!」


「あーっ、くそっ、間に合わねえ!」


「あ、あー、あーあーあー…」


 あまりの出来事に呆然としていた彼らが我に返りスマホで撮影しようとしたときには、既に山と積まれたゴミは穴の中に消えて、あたりには夜の静けさが戻っていた。


「くそっ!」


 一生に一度の機会を逃した。


 彼は悔しさで地面に叩きつけそうになったが、修理代金が借金に上乗せされる事態が頭を掠めたために、辛うじて耐えた。


 どうする?電話だけでもして報告するか?

 それで今の話を金貸しは信じるか?


 いや、絶対に信じない。


 金貸しは誰も信じない目をしていた。

 そもそも人を信じる人間が金貸しとしてのし上がれるわけがない。

 

決定的な証拠がなければ、調査は失敗だ。

失敗すれば借金は減らない。


 どうする?どうしたらいい?考えろ。考えるんだ。


 考えがまとまらず、穴の周囲をウロウロと歩き回っていると、クズ連中の1人が「奥に潜ってみる」と言い出した。

 たしか高校に半年だけ通ったやつだ。


「俺、病院の掃除のバイトしたことあんだよ。2か月で首になったんだけどさ。そこでさ、この穴と似たような機械見たことあってさ…」


「へえ、マジか」


 彼も意外な話に耳を傾けた。


「病院中にパイプ配管があってさ、医者が紙を書いてカプセルに入れると、ポンってパイプを通って薬局に届いたりすんだよ。ポンっ、てさ。すげー便利そうだった」


「ええと?だから?何のかんけーがあんだよ?」


「あったまわりーなー?だからさ、この穴の下にパイプがあってさ、とおくまでゴミを送ってんだよ、ポンってさ」


「まじか、すげーな仕組みだな!」


「あー、だから秘密なのか」


 それは、確かに合理的な説得力を伴う仮説であるように思えた。

 摩訶不思議な穴があって何でも飲み込む、などという与太話よりも、パイプでゴミを遠隔地に運んでいる、という方が理解しやすい話だ。


 彼らは様々なものに追い詰められていた。


 金貸しの強い重圧。

 夜の闇の中を歩き回った疲労。

 目の前に起きた現象の恐怖。


 だから縋ってしまったのだ。

 目の前にぶら下げられた希望へ。


 彼らは、その合理的な仮説に飛びついた。

 彼らは、そう信じた。


 いや、信じたかったのだ。


「じゃ、先に行くよ。証拠持って帰って、人生やり直すんだ」


 高校中退男が、そう言い残して穴の中に消えると、残りの面々は焦りだした。


 そうだ。

 自分達は人生をやり直すために、この場に来たのだ。


 今びびって帰ったら、明日からまた借金取りに追われる日々が待っているだけだ。


「くそっ!俺も行くぞ!」


 もう1人が続いて穴に飛び込んだことが、その場の空気を支配する決定的な呼び水になった。


 ★ ★ ★ ★ ★


「おいおいおい…マジで飛び込んだぜ、あいつら…」


 モニターで缶ビール片手に侵入者の行動を監視していたヒロキは、人影がどんどんと穴に飛び込んでいく様子を見て、絶句していた。

 最後に残った一人、帽子が裂けて耳のようになった人間も躊躇った様子を見せたが、それでも結局は穴に飛び込んだ。


「えー…どうすんの、これ…?」


 ヒロキだって、穴の奥のことを知りたいと思わなかったわけではない。

 何度かは、安物のデジカメに紐を括り付けて穴の中に投げ込んだり、ドローンにスマホを載せて送り込んだこともなる。


 しかし、いずれも失敗した。


 紐で引き上げたカメラの映像は真っ黒で何も映っておらず、送り込んだドローンは帰ってこなかった。


 それ以降、ヒロキは穴の中に入る、という選択肢を捨てた。


 今では庭の穴は「そういうもの」として受け入れることにしている。


 穴が欲しがっているゴミを集めて、穴にゴミを放り込む。

 そうしてヒロキは十分以上の対価を受け取る。


 それで十分だ、と思っている。


 穴に飛び込んだ奴らは、十中八九はヤクザか、金貸しの手下だろう。

 ひょっとすると、土建屋の社長の関係者の可能性もある。


 今回の失敗で諦めてくれればよいが、金の匂いを嗅ぎつけた奴らが諦めるとも思えない。


「うーん…面倒くさいことになってきやがったなあ…」


 外出した際に弱っちいチンピラに襲われるぐらいならともかく、自宅の敷地にまで侵入されるとなると、さすがに対応が面倒くさい。


「何か、別の手を考えないといかんかなあ…」


 と、ボヤいてみるもののアルコールで曇った頭からアイディアが沸いてくるはずもなく。


「誰か、頭の良さそうな人に相談してみるかあ…」


 ふと、以前、大学で調査を頼んだ際に知己を得たカタカナを連発していた口が回る研究員の顔が頭に浮かんだ。

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