第9話 夜の闇を破る者達

 少し時間は遡る。


 その夜も、ヒロキは習慣となった晩酌をしていた。


「クー――ッ!やっぱ労働の後のビールは最高だねー!」


 今日のゴミ山の処理はなかなか良い運動になった。

 運ぶ量が増えたので雪かき用の幅広の大きなスコップを使っていたのだが、ゴミの重さに耐えかねて曲がってしまったのだ。

 コンベアを注文した鉄工所に、もっと頑丈なやつを特注した方がいいかもしれない。


 最近買ったばかりの大型冷蔵庫から適当につまみを用意して、ビール缶を片手にヒロキはどかりとソファーに腰かけた。


「さてさて。今日も穴のやつの食欲はどうかな、っと…」


 ヒロキの最近の趣味は、酒を飲みながら穴にゴミが飲み込まれていく様子を眺めることである。


 部屋には以前設置した夜間監視用の赤外線カメラの映像が見られるように、大型のTV兼モニターも設置済みだ。


 穴がゴミを飲み込んでいるところを見つめていると、なぜか自分まで満たされる気がしてくるのだ。


 自分はおかしいのだろうか?


「…まあ世の中には犬猫がエサを食う動画を見ながら飯を食う人間もいるらしいし、普通だな」


 人間には何かを食わせることで満足する本能があるんだろう。

 その対象が「犬猫」か「穴」か、の違いがあるだけだ。


 しかし、そんなヒロキの安息の一時は、無粋なブザー音で破られた。


「なんだ?警報?また鹿でも入り込んだか?」


 ヤクザの襲撃を受けてから、ヒロキは一応、廃棄場と自宅に警報装置を自分で取り付けていた。

 金はあるのになぜ警備会社と契約していないのかといえば、元々の貧乏根性が抜けていないこと、リサイクル品で引き取った部品の中に警報装置があったこと、それらの簡単な設置ぐらいはできるだけの知識がヒロキにあったこと、など幾つか利用はある。


 しかし最も大きな理由は、ヒロキが基本的に他人に期待していない、ということが上げられるだろう。


 警備会社と契約したところで犯人を取り押さえてくれたりはしないし、僻地なのでやって来るにも時間がかかる。

 だったら自分で何とかした方が効率が良い、とヒロキは考えている。


 素人が設置した中古品ということもあって誤報も多い警報装置だったが、今夜は仕事をしてくれたようだ。


 間もなく、穴を映し出していたモニターに数人の人影が映し出される。


「なんだ、こいつら…?」


 基本的に、廃棄場所にはゴミ以外に何もない。


 なので金銭目的の強盗であれば自宅に向かってくるはずだが、そうするようには見えなかった。

 ゴミが穴の中に飲み込まれていく様子を目にして驚いたのか、穴の周囲を囲んで言い争いをしているように見える。

 だが、映像だけからは何を言っているか判別がつかない。


「しまったなあ…集音マイクもケチるんじゃなかった」


 今から部屋から出ていって追い払うべきだろうか?


「でも…酒も飲んだし、面倒くさいなあ…」


 モニター越しにも彼らの動作は素人臭く、危機感が一向に刺激されないこともあって、ヒロキはボンヤリと無音の言い争いを眺めていた。


「おっ。何か始めるつもりか?」


 ★ ★ ★ ★ ★


ヒロキがモニターに映る人影を目撃した、さらに少し前の時刻のこと。


 運のない彼は、焦っていた。


 照明も月明りもない田舎の真の暗闇の中を移動することがこんなにも消耗することだとは知らなかった。


 目出し帽で息が苦しい。窒息してしまいそうだ。


 廃棄場の頼りない夜間照明を除けば周囲は街灯一つなく、辛うじて手元のスマホで足元を探れる程度。

 このところ運動不足だったせいか、足も言うことを聞いてくれない。


 彼と同時に車を降ろされたクズ連中も、自分と状況は似たり寄ったりのようだ。


 事前の話し合いでは廃棄場を囲むように一部のメンバーはぐるりと移動する予定だったが、もはやそんな余裕は誰にもない。


 まるで天敵に補食される魚の群れのように、彼らは中途半端に寄り集まって廃棄場の夜間照明へと向かって歩く。


「…高いな」


「登るのは…難しいか…」


 ようやく廃棄場にたどり着いた面々は、周りを囲む高い壁を目にして途方に暮れていた。

 トタンを乱暴に立てただけの素人工事に見えるが、目隠しを兼ねた壁の高さは、目測でおよそ4メートルはある。


「入口の方に回り込むか?」


「そんなことしたら見つかっちゃうじゃない!頭使いなさいよ!」


 ひそひそと小声でやり合うが、なかなか打開策は見つからない。


「いっそさあ、これ破っちゃおうよ。トタンだし、端っこめくれば剥がせるんじゃね?」


「そっか…頭いいな!」


「おう!高校にもちゃんと半年通ったからな!」


 クズな連中がやり取りする内容のレベルの低さに、彼は頭痛を覚えた。

 夜中に大きな音を立てることが、どれだけ目立つことか分かっていない。


「おい…」


 やめろ、と注意するより前に「せーの!!」と、高校中退男と頭の悪い女が勢いよくトタンを剥がしてしまう。


 ベキベキベキッ、と大きな音がして辛うじて人が入り込めそうな隙間があいた。


「やりぃー!」


「おーーーー!!」


「先行くなよ、ずりぃぞ!」


 そうして、他の能天気な連中は次々と壁の隙間に潜り込んでいく。


 くそっ、低能共が…。


 彼は数舜の間、侵入を躊躇ったが、べっ甲眼鏡からの借金額が最終的に彼を破滅の方向へと押しやった。


 俺はやる。運をつかむ!

 こいつらのようなクズ連中とは違うんだ!


 彼は決意を秘めて、最後にトタンの壁の隙間を勢いよく潜り抜けた。

 目出し帽に、ギザギザになったトタンの角が引っかかった気がした。


 同時刻、ヒロキによってトタン壁沿いの全周に設置された中古のモーションセンサーは「赤外線を遮った物体達」の情報を警報装置に送信していた。

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