第7話 あの男の背後を探れ
数週間後、大学の研究室から土壌の調査結果が事務所に郵送で届いた。
細かい数値や何やらの意味がわからなかったので研究室に電話をすると、石田研究員が直接太鼓判を押してくれた。
「完全にクリーンです。全く何の汚染もありません。地下水にも問題なしです。そのまま農地に転用しても良いくらいですよ。いったいどんな技術で処理してるんですか?」
「いや、まあ。そこは企業秘密ということで…」
廃棄物処理の技術について強い関心を持って質問されたところで、ははは、とヒロキとしては乾いた笑いで誤魔化すしかやりようがなかった。
とにかく、研究室の調査結果を受けてヒロキは安堵すると共に自信を深めた。
どうやら、あの穴からは汚染物質の類は一切漏れ出していないらしい。
ということは、自分の体調や健康も心配ない、ということだ。
「もうちょっと、ゴミの量を引き受けてもいいかな。あとは単価の高い廃棄物も大丈夫かもな…」
単価の高い廃棄物、とは要するに毒性が高かったり処理が困難な廃棄物のことである。
「今なら倍は処理できると思うんだよね」
ヒロキの廃棄物処理場には、1日2~3台のダンプが廃棄物を持ち込んでくる。
それをコンベアにぶちまけてもらい、庭の穴にスコップで押し込んで行くのがヒロキの仕事だ。
1台あたり10tの廃棄物をいわば人力で処理しているわけで、ボロいコンベアの助けがあっても数時間がかりの重労働であったのが、だんだん慣れてきたのか最近はせいぜい小一時間で処理できるようになってきた。
それに、ゴミを穴の奥に押し込むとゴミ同士が擦れて「ギャウウウッ」などと、まるで獣の声のような音がして楽しい。
もっともっと、ゴミを穴の中に放り込み続けないといけない。
そうしないといけないんだ。
ヒロキはスコップを背負いなおすと、庭に積み上げられた高さ5メートルはある約20tの廃棄物の処理に向かった。
昼に食べた豚骨ラーメンの腹ごなしには、ちょうど良い仕事量だろう。
★ ★ ★ ★ ★
「不思議ですねえ…実に不思議です」
単純な暴力という手段では自分達は対抗できないことを悟ったからである。
「土屋さんに紹介されたときは、簡単に丸め込めそうな素人に見えたんですがねえ…」
廃棄物を処分する隠しルートを持っているリサイクル屋、として紹介されたヒロキの第一印象は、どこにでもいる負け犬、以上のものではなかった。
東京のサラリーマン出世競争に敗れ、都落ちした冴えないゴミ集め屋。
だが、何かの幸運で産廃を上手いこと行政にバレないルートを持っている男。
要するに、ネギをしょった鴨だ。
ちょっと脅しつけてルートを吐かせてしまえば用無しの美味しい餌、に過ぎないはずだった。
ところが、この鴨は存外に強い腕っぷしで殴り返して来たのである。
「やはり、
べっ甲眼鏡は、ヒロキが「たった1人で5人のチンピラ達を叩きのめした」などという戯言を信じていない。
おそらく法木の襲撃は読まれていて、ボディガードに腕の立つ人間がいたのだろう。
黄金の卵を産む鵞鳥には番犬をつけるのが、この世界の常識というものだ。
そこで、べっ甲眼鏡は方針を変えた。
まずは、どこの組や組織がヒロキの
手始めに、ここ数週間は不動産屋としての顔の広さを利用して雇い入れた興信所や部下にヒロキの経営する産廃場を見張らせているのだが、結果は芳しくなかった。
「8時操業開始。産業廃棄物10tトラック受け入れ。ナンバープレート〇〇ー××…12時操業停止。昼食。デリバリーのピザを利用。13時。操業再開。産業廃棄物トラック搬入。ナンバープレート△△ー〇〇…18時操業終了。19時、自宅点灯。食事とビール。24時消灯…」
ばさり、と調査報告書を机の上に投げ出した。
「つまり、何ですか?あの男は朝起きて敷地のゴミを処理しているだけで、一歩も外に出ていないと?この1週間ずっと!?」
「はあ…そうなります」
興信所の所長は恐縮して答える。
「話になりませんね!外出していない?食事はデリバリーだけ?まあ、あの男個人ならそういうこともあるでしょう。ですが、どれだけのトラックがこの1週間に産廃を持ち込んだと思っているんですか?何台ですか?」
バンバン、と金田はべっ甲眼鏡を揺らして机を叩いた。
「…27台です」
「そう!産廃を満載した10tトラックが27台です!それだけの廃棄物を持ち込んだら、ろくに設備もないあの廃棄場では山積みになっていないとおかしいんです!ですが、そんな気配は全くない!山のように積み上げられても、朝には綺麗に消えている!夜のうちにどこかに運び出しているに違いないんですよ!」
消え入りそうな声で、所長は精一杯の反駁を試みる。
「…ですが、うちも腕利きを貼り付けてますし、夜間監視カメラだって使ってます。あの土地から運び出した様子はないんです」
そうなのだ。
所長は監視計画についてはべっ甲眼鏡に予め相談していたし、それを金田も了承していた。
これまでは、それで支障が出てことはなかったのだ。
やはり、あの男には何か秘密がある。
「…不思議ですねえ」
「まったくです。まるで狐に化かされたみてえな話です」
「いいでしょう。そちらは私の方で手をうちます」
あるいは、あの土地に何か秘密があるのかもしれない。
殴ってもダメ。監視してもダメ、となれば直接誰かに敷地を探らせて反応を引き出すのもありかもしれない。
もちろん、べっ甲眼鏡はその人柱に自分が立候補する気はなかった。
捨て石にしても良い人間には、いくらでも当てがある。
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