第3話 穴から聞こえる声は気のせいだろう

 急に建設残土や建築解体の廃棄物の斡旋が増えた。


「土屋社長せいか…まったく無茶を押し付けてくるんだから…」


 持ってきた人に話を聞くと、どうも土屋社長が土建屋のネットワークで同業他社に情報を流しているらしい。

 我が家に軽トラでなく10tトラックで乗り付ける建設会社まで出てきた。

 やめてほしい。


 今や本業のリサイクル業は開店休業状態。

 朝から晩までゴミを穴に放り込んでいる。


 有料で引き受けているから赤字ではないが、さすがに手でゴミを運ぶのには限界になってきた。

 そこで近所の鉄工所に依頼して工場に簡単なベルトコンベアを設置してもらった。

 穴の幅いっぱいの幅で、10メートル程度の簡易なコンベアだ。


 ダンプにはコンベアの上にゴミをぶちまけてもらい、あとでこぼれた余りをスコップで載せて穴に押し込む。

 これで仕事はだいぶ楽になった。


 しかし問題になるのは近所の眼だ。

 田舎なので近所は100メートル以上離れているものの、怪しげなダンプが―――じっさい怪しいのだが―――出入りすると、ご近所の噂になってしまう。

 穴は迅速にゴミを処理してくれるが、ダンプやコンベアの騒音がと苦情が来るのは困る。


「廃棄物処理の免許をとればいいんじゃねえか。県にコネがあって許認可に強いやつを紹介してやるよ」


 悪徳土建屋に文句を言いに行ったら、逆に人を紹介された。


「どうもお噂は聞いています。金田アセットマネジメントファイナンスの金田、と言います。ヒロキさんのご損にならないよう、全力を尽くさせていただきますとも」


 身長は180ぐらいで自分より少し高く、痩せ型。言葉遣いこそ丁寧だったが、髪をべっとりと固めて細い目つきにべっ甲の眼鏡が不気味な印象を与える男だった。


「ファイナンス?サラ金の人?うちはいらないよ」


「いえいえ。私どもは優良な事業に投資も致しますが、どちらかというと不動産と許認可が強みです。県の担当者様には良くしていただいておりますので…」


「はあ」


 要するに役所の関連部署に親族がいる、ということらしい。

 地方で商売をするなら、よくあることだ。


「ですから廃棄物処理業者の免許も書類さえきちんとしていれば、簡単にとれますから」


 本人は笑顔を浮かべたつもりだろうが、べっ甲の眼鏡の奥の眼は笑っていなかった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 個人でリサイクル業を始めたつもりが、いつの間にが廃棄物処理業者になっていた。

 県の方から役人も来たが、検査はおざなりで済んだ。


 なにしろ、敷地にはほとんど廃棄物が残っていないのだから。


 書類は揃っているし、検査しようにも、ものがない。


 周囲の土地も買い集めて敷地を拡大し、高い塀をトタンで組んでからは大手をふって大量の産業ゴミを受け入れることにした。


 同時に、俺の口座には見たこともない金額が並び始めた。


 なにしろ、ゴミを受け入れて穴にコンベアに送り込むだけである。

 在庫ゼロ、リスクゼロ、従業員もゼロ、のノーコストビジネスである。

 儲からない方がおかしい。


 ゴミがずっと積まれていると、ゴミが発火したりと問題になることがあるらしいが、うちに限ってはリスクはない。

 とにかく穴にさえ放り込めば、翌朝には綺麗さっぱり消えているのである。

 公害ゼロの素晴らしいビジネスだ。


 もう最近は穴がどこに通じているのか、というのは気にしないことにした。


 大事なことは、口座に積みあがる額だ。

 家が倒壊したって、今ならどこにだって引っ越せる。


「…ギィ…ギィ…」


「ギニャ…ァ…」


 だから、ときどき穴から聞こえる小さな断末魔のような音は、ゴミが擦れあって発する音だと思うことにした。


 メンタルだって健全だ。

 なにしろ、この仕事をはじめてからやけに体の調子がいい。

 毎朝起きるたびに感じていた倦怠感が吹き飛んだ。

 今なら学生時代よりも速く走れる気がする。


 きっと口座に積みあがる金銭の桁が自分を活性化してくれているのだろう。

 そうに違いない。

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