第4話 穴に寄ってくるロクデナシども

 また難題が持ち込まれた。

 せっかくビジネスが上手く行っているというのに。


 トラブルの種を持ち込んできたのは、の金貸しべっ甲眼鏡だ。


「いえいえ。とんでもない。これは良いお話ですから…」


「はあ…」


「なんや兄ちゃん、こっちがこんだけ儲け話持って来とんのにその態度はなんや!おう!?」


「はあ…」


 事務所のソファーに白のダブルのスーツでそっくりかえってエナメル靴をテーブルに載せてる「コレ」が良い話?

 どうもべっ甲眼鏡とは「」の定義が大きく異なるらしい。


「ええと…法木さん…でしたっけ?」


「おう!法木じゃ!」


「法木さんはどちらの組で?」


「組なわけないやろが!わしゃあ会社員じゃ!」


 組、と名乗ってくれれば暴対法に則って取引を断れたのだが。

 最近のヤクザは細かい知恵が回って面倒くさい。

 もっとも、知恵が回らない連中は塀の向こうにぶち込まれるか、足を洗うかしたんだろうが。


「なるほど…それでの法木さんが、どのような御用で?」


「あぁん?わい、舐めとるんか?商売の話、つったろうが!のう!!」


「はあ」


 なぜだろう。

 どう見てもヤクザがすごんでいるのに全く怖くない。

 だまって視線を返すと、法木の方からなぜか目を逸らした。


「チッ…まあ早い話が、うちからのゴミを処理せんか、っちゅーことじゃ」


 舌打ちときたか。会社員のやることじゃないな。


「建設ゴミなら今でも引き受けてますよ」


「ちゃうちゃう、うちのはちっとなゴミ、じゃ」


「ワケあり…」


 なんだろう。嫌な予感しかない。


「これはな、病院と農家の人達を助ける…言うなればじゃ」


「人助け…」


 まったくヤクザには似合わない言葉だ。

 いや、会社員だっけ。

 嫌な予感はますます強まる。


「で、具体的には?」


「注射器の処理じゃの…あとは、それそれ」


「それそれ?」


「農地の表面を削った土よ。あれには農家さんも困っとってのう…」


 表土を削る…?それって!?


「放射性廃棄物!?それと医療廃棄物!何考えてんですか!無理ですよ!」


 ヒロキは叫んだ。


 廃棄物の中でも、その2種類はリスクの桁が違う。

 県の役人を抱き込んだぐらいでは何ともならない。

 下手をすると国が出てくる。


 そうなれば、切られる間抜けな尻尾は自分だ。


「ああん?あんたは人助けがしとうないんか?」


 ヤクザに凄まれても無理なものは無理なのだ。


「ダメですね。お断りです」


「こんなに頼んでもダメか?」


「人助けは自分でやってください」


「このガキィ!調子に乗りやがって!」


 ブチ切れたヤクザが襟首をつかんで来ようとする手を、なぜかヒロキはあっさりと掴むことができた。

 それどころか、自然に押し返すことも。


「…ダメですよ。暴力は反対です」


「…このっ!…」


 続けて放たれた頭突きも、もう片方の手でやんわりと止めてやった。

 やけにノロくさいように感じる。

 暴力で飯を食うなら、もう少し鍛えた方がいい。


「グッ…こいつっ…」


「それじゃあ、お帰り下さい。玄関はあちらです」


 面子を潰されたヤクザとべっ甲眼鏡をそのまま力づくで追い出すと、ヒロキはドアを乱暴に閉じた。


「ふうっ…」


 いったい、自分はなにになってしまったのだろうか。


 ヒロキは手の内でくしゃくしゃに砕けたドアノブを見つめながら、なぜか不安を欠片も感じることができない自分を発見していた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「ったく、何が人助けだ。放射能残土とか、冗談じゃない…」


 ヒロキは昼間の出来事に文句を言いつつ、ビール缶を開けた。

 嫌なことは飲んで忘れるに限る。


「やっぱり、発泡酒じゃなくてプレミアムだよな」


 経済的に余裕が出来たこともあって、ヒロキの酒量は増えていた。


 以前は飲み過ぎると翌朝が辛かったが、今は全くそんなことはないので安心して飲める。

 ヤクザは怖くなかったが、持ち込まれた話はヒロキの脳裏に残っていた。


「放射能…放射能か…使えるかもな…」


 ヒロキは、そのときボンヤリといつか雑誌で読んだ放射能を使ったマーカーで何かの追跡をした、という記事を思い出していた。


 いつもは忘れた振りをしているが、実はヒロキも穴に放り込んだゴミがどこに行ったのか気にはなっているのだ。

 それに化学物質や何かが地表に漏れてきていないかも。


「一度、専門家に検査してもらった方がいいかな…。県はダメだ。そうじゃなくて、大学かどこかの研究室なら…金を積めば私的に検査してくれるかも」


 ヒロキは地元の国立大学のホームページを開くと、ほろ酔い気分のまま、どこか適当な研究室はないか探し始めた。

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