第57話 「森の中の木」





「ターカス!策は!」


私は、目を覚ましてからすぐに状況を聴き取り、走りながらターカスに呼びかける。ターカスは振り返らずに叫んだ。


「大丈夫です!博士を見つけられさえすれば!」


「分かった!手分けしよう!アルバと中将は階段から上へ!私とターカスは奥へ!メルバは手前の部屋を潰していってくれ!」


「OK!」


そこは、建物の玄関から広い広い通路を抜けた階段前広場だった。全員が言われた通りに散り、私とターカスは、階段の向こうにある、奥へ続く扉を抜けた。その扉は開いていて、その先に灯りは点いていないようだった。


「警戒しよう。ここからは歩くんだ」


「分かりました」




私達は歩みを緩め、ひっそりと歩いていた。建物のあらゆる場所へ、ターカスは聴き耳を立てているはずだった。それに、アルバは熱感知などのあらゆるスキャンが出来る。だが、この建物がそういった探知に対策をしていないかと聞かれれば、愚問なのだろう。


「ターカス。何か見つかったか」


「いいえ、何も」


私達の足音は、毛足の長い、白い絨毯に吸い込まれていき、その分会話が廊下に響いた。周囲には誰も居ない。


「君が来た事は分かっているはずだ。それなのに襲われない」


「ええ。早く博士を救出しなければいけません。恐らく、博士を人質にして、逃げる気でしょう」


「それだけなのかね?」


「私の脳細胞が奪取され、もう数週間が経っています。それはたった一つのパーツです。研究解析にそう時間が掛かるとは思えません。次の手段を見つけたら、どこかへ雲隠れするはずです。今日捕まえなければ」


「そうかね…」


私は、“そんなに単純な話だろうか”と思った。もちろん、そんな単純に出来るはずもない事だが。


一流の研究者と言えど、そんなに早く終わる研究だとも思えないし、なぜ博士をさらったのか。もしくは、博士の事も目的としていた可能性もある。あの時、“エリック”は、ここに誰が来るのか、知っていたようだったからだ。


そう考えていると、廊下の端で、カチャン…カチャン…という音がするのが聴こえた。


私とターカスは顔を見合わせ、人差し指で合図を送り合い、廊下の一番手前まで抜き足で戻って、曲がり角の影に隠れた。カチャン、カチャンという音は、私達に近づいてくる。



ほんの少し顔を出して目を見張っていた私は、信じ難い物を見た。



そこに現れたのは、あのラロ・バチスタ博士のはずだった。だが、全くの別人だとすぐに分かった。


顔は博士のままだが、前に出した両手からは、様々な重火器がこちらへ向けられ、体のあちこちから、兵器らしき鉄の部品が歪にはみ出し、肉の裂けたところから、白い絨毯へ、血を引きずりながら、博士は歩いていた。


“どうする!?”


ターカスは一度頷き、やにわに廊下に躍り出た。そしてあっという間に手のひらを開き、その場に爆炎が上がる。


「ターカス!?」


「大丈夫です!」


煙の中から聴こえてきたのは、ターカスの声だ。博士の声はしなかった。博士を殺したのかと危ぶんでいると、今度は、壁の影に隠れた私に向かって、小型のロケットが飛んできた。


「あっ!!」


一つ、二つ、三つ、四つ。しゅるしゅると飛んでくるロケットを叩き落とす、青い閃光が私には見えた。目にも止まらぬ速さだ。その内にまたターカスの声がした。


「あちらの方が遅い!機能は永久機関ですが、取り押さえれば封じられます!」


「どうやって!」


「凍らせます!」


私の声に答えた時、青い影はもう私には見えず、気が付いた時には、あれだけ真っ白になっていた廊下の煙が、消えかけていた。



廊下の隅に横たわる博士に、ターカスが馬乗りになっている。彼は、博士の胸目がけて、両手を乗せていた。


私は、彼になんと声を掛けたらよいのか、分からなかった。彼は戦術ロボットだ。戦闘に余計な情けを掛ける事はしないはずだ。だが、バチスタ博士は、彼の生みの親なのだ。どちらの気持ちに寄り添えばいいのか、私には分からなかった。


そう思って迷っている内に、ターカスが立ち上がる。


「早く、オールドマンを探しましょう。一度、シップへ博士を運ぶように、アルバ殿を呼んで下さい」


「…わかった」





「ロボットの中に人を生む。その発想は、逆転出来るだろう?」


俺は、主人の言う事に、返事をした。


「ええ、そうですね」


主人は回転椅子をクルリと返し、不自由な足で立ち上がろうとするので、俺は傍へ寄って手を取った。


「人の中にロボット工場を埋め込む事が出来れば、街中どこでも、木を隠した森の中なのだよ」


「そうですとも」


「さあ。研究は完成だ。荷物は持ったか?」


「ええ」


俺は、小脇に抱えた培養器をちょっと持ち上げ、博士に微笑む。オールドマン博士は満足げに笑って、外への扉を開けた。





「アームストロングさん!博士はシップに乗せたわ!それで!?オールドマンは!?」


私達は、元の階段前の広場に戻って、アルバを待っていた。彼女が戻って来て、私達は話を始めたのだ。


「見つからない。早く探そう」


「この屋敷、どうなってるの!?私の目が全然利かないのよ!そこらじゅうが、全部ステルス化されてるの!まるで要塞だわ!」


アルバは困り果てて両手を振り下ろす。


「メルバよ、お前さんの見た所は誰か居たか?」


中将がメルバを見下ろして聞くと、メルバは首を振って答える。


「いいや、誰も。部屋の鍵は全部開いてたけどな」


私は、そこでなるべく情報を集めたくて、メルバにこう聞いた。


「何か、めぼしい物は見つけたか?」


ターカスはその時、私の後ろで、オールドマンを探しに行きたそうに、そわそわとしていた。メルバはみんなの真ん中からこちらを見て、こう言った。次の瞬間、全員の異常な注目が、彼へ向いたのだ。


「人の死体が、30体ほど」





つづく

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