第56話 「さらわれた博士」





「ジャック!」


俺はジャックに駆け寄った。


「アームストロングさん!」


アルバも叫んでいる。


ロペス中将は眼帯の男に光学銃を向けて、睨みを効かせていた。バチスタ博士も、何も言わず眼帯を睨みつける。


ジャックは頭部を負傷していたが、エネルギーはまだ作動していた。恐らく、間もなくスケプシ回路もまた働くだろう。俺は眼帯を振り返った。


「やいお前!お前もオールドマンの手先か!」


俺がそいつにそうぶっつけてやると、眼帯は溜息を吐き、こう吐き捨てた。


「俺が“エリック”だ。“ターカス”達は片付いたか?それなら、お前達に用がある」


どうやらそいつは、ターカス達が自滅するのを待っていたらしい。多分、ターカスには敵わないのだろう。でも、ジャックの不意を突けるくらいには、性能は高い。俺達で敵うか分からなかった。


「お前が?」


俺が言葉に迷っている間で、ラロ・バチスタ博士が前にずいと歩み出る。俺はそれを止めようとした。


「おい、オッサン!」


そう声を掛けても、博士はこちらを振り向かない。そのまま眼帯の前に進み出て、バチスタ博士は堂々と話を始めた。


「君が、“エリック”かね」


「そうですとも、博士」


どうやら、眼帯は俺達が何者なのか、もう知っていたらしい。俺は危ぶみながらその光景を眺めていて、いつでも“エリック”を攻撃出来るように、右手にしまってあったブラスターを開いて、エリックに向けた。


「君の前の主人の話は?知っているのかね?」


そこで俺達は、“そうだ”と思い出した。


俺は、マクスタインの家に行った時の事を思い出した。


マクスタインの所有していたロボット“エリック”は、マクスタインの死によって、どこかへ消えたらしい事。そしてその後彼は、復讐のために、アメリカ自治区大統領まで殺害しようと企てていた事。


でもそれらは、新たな持ち主によってもう書き換えられた記憶だろう。そんなのに頼って情を引き出そうとしたところで、無駄だと思った。思った通りに、眼帯はこう答える。


「もちろん、知っていますとも」


バチスタ博士はいくらか言葉に迷う風にしてから、こう言った。


「お前さんはオールドマンの手駒じゃ。今後は、事が上手くいきさえすれば、証拠隠滅のために廃棄されるじゃろう。それでいいのかね?」


そんな交渉は無駄だと思った。それは人間相手にする交渉だ。なぜなら、エリックはオールドマンの手足なのだから。俺達だって、ポリスの手足だ。それくらい分かる。


エリックは「ククッ」と笑い、バチスタ博士にこう言った。


「俺の任務は、皆さんを屋敷に招く事です。どうか従って頂きたい。そうでなければ…」


「どうすると言うのじゃ」


博士がそう言うが早いか、エリックは博士に向かって手のひらを差し出し、なんと博士はエリックの手のひら目がけて吸い込まれた。俺は目を疑った。


「かはっ…!」


腹がぶつかった衝撃で博士は咳込み、俺は何が起こったのか理解した。重力だ。


「エリック!」


俺は、エリックの頭部目がけて、フル出力で光学銃を撃ち放つ。その場に小さな爆炎が上がった。博士が囚われているのは、なんとかしないといけなかった。


でも、それも虚しく、煙が途切れた時も、博士はエリックの手のひらにくっついたまま、宙づりになってもがいていた。


“奴は引力を操れる!これは厄介だぞ!”


俺は周りのみんなにそれを伝えるため、叫んだ。


「引力だ!こいつは引力を操る!絶対に近寄るな!」


それを聞いて中将は3歩後ろに下がり、アルバは自分のこめかみに手を当てた。恐らく、重力装置がどこにあるのか見極めようとしたんだろう。すぐにアルバが叫ぶ。


「手首の少し上よ!ダメ!博士が捕まってるんじゃ、撃てないわ!」


「ちくしょう!放しやがれ!卑怯者!ロボットの面汚しめ!」


俺はそう眼帯を怒鳴りつけたが、奴は笑うばかりだった。


「面汚し、ねえ。いい勲章だ。俺は主人の言う事を聞いているだけだぜ」


その時、負けじと博士が口を開く。それは切れ切れで、苦しそうだった。博士の腹は凄まじい重力に引っ張られている。声を出すのは困難だっただろう。


「ふん…!お前は主人を殺した組織に身を売ったのさ…!」


そう言うと、博士は宙ぶらりんのまま首だけでこちらを振り向き、ロペス中将に向かってこう言った。


「構わん!儂もろともやれ!ここでこいつらを止められなきゃ、もう一度戦争が起きるかもしれんのじゃぞ!」


その言葉に、あろうことかエリックはこう答えた。


「ご名答。俺達は兵器開発をして、各国の穀物を狙ってる。これはアメリカ穀物メジャーの長年の夢だ」


「ふん!こざかしい!そうやすやすと渡してたまるか!」


博士は、危険だと言うのに減らず口を叩いている。俺達は二の足を踏んでいた。それを見て博士はもう一度叫ぶ。


「早くやれ!」


俺は、目覚めないジャックをちらりと見やって、指揮官の不在を気にしていたが、ロペス中将がこう言った。


「致し方ない。博士。なるべくあなたを傷つけないようにはします」


俺はそれを聞いて、中将に駆け寄ろうとした。それと、中将が光学銃をぶっ放すのは同時だった。


ドゴォーン!


その音は、恐らく眼帯の頭だけを狙ったのだろう。俺達は祈った。


博士がなんとか一命を取り止め、エリックだけが壊滅的な被害を負っている事を。でも、無駄だった。


光学銃の光が止んだ時、博士とエリックの居た場所には、誰も居なかった。


「何!?どこへ行った!おい!眼帯!」


俺は周囲を見渡しそう叫んで、必死に博士の姿を探した。一般人を殺しちゃ何にもならない。


中将は銃を下ろして周りを見渡したが、屋敷の上の方を見て、指をさした。


「あそこだ!」


俺が振り返ると、門を飛び越えていく眼帯の背中と、脇に抱えられてぐったりしている博士の後ろ姿が見え、すぐに消えた。



「ジャックを起こせ!それから、ターカスの機能を戻すんだ!博士を救出する!」


アルバは、電源ボタンを外されていない、ホーミュリア家のターカスに駆け寄った。そして、彼の体の電源ボタンを何度か押した。


「ターカス!起きて!ターカス!」


しばらく電源ボタンの長押しを続けていると、僅かながらターカスの目のランプが光り始めた。


俺達は一安心して、ターカスに話しかける。中将も俺も、ターカスを囲んでいた。


ターカスは正気付いて、慌てて起き上がる。


「皆さん!戦いは…!」


俺は、ターカスの腕を引いて起き上がらせた。


「大変だ。バチスタ博士がさらわれた。一刻を争う。中へ攻め入ろう。サポートは変わらず俺達がする」


「ええっ!?」


ターカスは一瞬言葉を失っていたが、すぐによろよろと立ち上がり、屋敷目指して駆けて行った。俺達もそれを追いかける。


エリックの台詞が頭の中を反射していた。


“兵器開発をして、各国の穀物を狙ってる。これはアメリカの長年の夢だ”


「へっ!思い通りになると思ったら、大間違いだぜ!」


俺とアルバは急いで門を潜り、ロペス中将は、ジャックを担いで俺達を追いかけて来た。



“一刻の猶予もない!”





つづく

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