第29話 「許さない」





「エリック、大統領を今亡き者にしたところで、開戦はまぬかれないかもしれません。この争いに関わっている者の企みをすべて明るみに出すまでは、安心出来ないのですよ」


私がそう言っても、エリックは聞いてくれなかった。あくまで、「大統領を殺す」と言って息巻いて、情報収集に乗り出した。


エリックは、様々に用意した偽のアカウントを持っていた。彼は、例えば、世界連職員の中で、死亡した者のアカウントを復刻させ、システムに弾かれないように認証を得て、内部情報へのアクセスをする権限を得ていた。


私を探す時も、ポリスのアカウントで探しても分からなかったので、世界連の権限を使って衛星で私のチップを探し、過去都市ケルンに居ると分かってからは、そのまま自動射撃システムが止まる時間を探ったと言う。


私達は、地下収容所の一角にある小部屋で、そんな話をしていた。


「よく、そんな事が上手くいきましたね。数分間違えば、あなたは黒焦げですよ」


「なあに、知っていりゃあ怖くねえよ」


「ふふ、大した方だ」


「知らなかったか?俺は大物なんだぜ」


「ご自分でおっしゃる方がいますか」


私達は、そんな冗談を言い合うようにもなっていた。しかし、私は依然として、大統領暗殺には反対した。


エリックが自分の冗談に機嫌よく鼻歌を歌っていたタイミングで、私はこう切り出す。


「…エリック。大統領一人を殺しても、戦争は止められないのです」


エリックは私を見なかった。彼は、大統領府が公表しているスケジュールを、仮想ウィンドウに引き出し、大統領が訪れる施設や近辺の地図などにアクセスしていた。私は、彼にはねつけられない内に、また続ける。


「いいえ。もしかしたら、大統領が殺されたとなったら、向こうは、報復のつもりでもっと酷い戦争を始めるかもしれません。予定していたより、酷いものになるかもしれません。そうは思わないのですか?」


私がそこまでを言うと、エリックはウィンドウをいじるのをやめて、くるりと振り向く。そして体を前に倒してぐぐっと私を覗き込むと、私を睨んでこう言った。


「じゃあ、ほかにどうしろってんだよ」


私は戸惑ったが、初めて彼が意見を聞いてくれそうだったので、こう話した。


「まずは、合衆自治区に居る、戦争の恩恵に与る者が誰なのか、明らかにすべきです。そして、それを世界に知らしめ、大統領についても同じ事をするのです。世界連についてもです。そうすれば彼らは裁かれ、戦争も起きるはずがありません。ポリスがあなたのご主人をどうしたのかも、明るみに出れば、グスタフも刑を逃れられるはずがありません」


私がそう話している間で、エリックはどんどん俯いて、落ち込んだような表情になっていった。だから私は、話の終わりには、口調に熱を込めるのもやめていた。


エリックは、俯きながらも脇を向いてウィンドウを見詰めていて、彼は小さくこう言った。


「ターカスよ。何が正しいのかは、俺は分かっているつもりだ。だから…俺は犯罪者になるさ」





「地下…?ターカスは、地下に居るの?」


私は、マルメラードフさんにそう聞いて、彼に近寄って行った。歩行器が前に着くと、マルメラードフさんは私を見て微笑んでくれたけど、その目元はひきつっていた。そして、またアームストロングさんを見て、彼はこう言う。


「エリックも見つからない、ターカスも見つからない、そして彼らはポリスに出向いて何かを企んでいたらしい…そして、ターカスと同じ種類のロボットは全員行方不明…これは、エリックが何らかの活動を起こすかもしれないと、私は思うんだがね」


その台詞に、アームストロングさんは下を向いてまた顎をこすっていたけど、隣で銭形さんが「確かに」と呟いた。銭形さんは、アームストロングさんにこう促す。


「ターカスは、兵器基盤のロボットなのだろう。それなら、それを集めれば、今ならどの国にだって盾突く事が出来る。“エリック”が何を考えてそんな事をするのかは後にして、彼らを見つけられなければ、とんでもない事になるかもしれないぞ。アームストロング」


アームストロングさんは考え込んでいたけど、銭形さんの顔を見て、こう言った。


「それは、ターカスを含め、テロリストとしての指名手配をするという事になる」


私はそれにびっくりして、言葉を失った。


銭形さんは、「そうだ」と言った。


マルメラードフさんが、「そうするしかないだろうね」と言う。


“違うわ…違うわ!”


私は自分の叫びに胸の中を掻き回され、もう黙っていられなかった。これ以上、ターカスがそんな扱いを受けるのには耐えられなかった。


“このままじゃ、ターカスは見つかっても壊されてしまうかもしれない!そんなの絶対に許さないわ!”


「違うわ…」


私は、ぼろぼろと涙をこぼし、ドレスの膝の辺りを握りしめて、その時はまだ下を向いていた。でも、私の様子に、周りの大人も注目していたから、私は顔を上げてこう叫んだ。


「違うわ!彼はテロリストなんかじゃない!この家の、メイドよ!わたくしの、一番の友達だわ!そんな事をしたら、わたくしは許しません!」


私は、その場に居た大人全員を睨みつけ、涙を止めなかった。しいんと鎮まった部屋の中には、私が息を切らしている音だけが響いていた。





つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る