第30話 「止めないと」





「まあまあ、ホーミュリア殿、落ち着いて。テロリストとしての指名手配と言っても、見つかって無実であれば、ターカスはどうともされませんよ」


マルメラードフさんはそう言ったけど、私は信じていなかった。その場に居る大人は、“エリック”やターカスを、“戦争を起こそうと目論んでいる”としか見ていなかったのは、明らかだった。


14歳の私に、戦争についての知識なんかほとんどない。この間、ターカスから、過去の大戦の数を教えてもらったばかり。でも、これだけは言える。そう思って、もう一度口を開いた。


「ターカスは、その“エリック”とやらに連れ去られたんでしょう!?だったら、戦争を企んでいるとしたら“エリック”だけで、ターカスは利用されているんだわ!“エリック”を探しなさいよ!」


私がそう叫んでアームストロングさんを見ると、彼は指で頬を搔いていた。その能天気な仕草が癇に障り、私はまた叫ぶ。


「ターカスに罪を着せるような真似は、わたくしが許しません!だって、彼は私の家のメイドとして働いていたのよ!そんなロボットが、急に戦争を始める気になるはずがないわ!どう考えても不自然よ!ついさっきまでは主人の夕食の材料を探していたのに、急に戦争をする気になんかなるかしら!?」


そこまでを言ってしまうと、アームストロングさんは困っているような目でこちらを見た。そして、私といくつか話をする。


「確かに、そんな事は普通ならありえません。彼は兵器基盤とはいえ、メイドロボットとして活動していた。「戦争をしよう」なんて、考えるはずもない。そういうふうにプログラミングされないと、ロボット達が一般家庭へ入る事は出来ません」


「そうでしょう?」


「でも、そうするとおかしい事が出てくる。彼はすでに、ポリスへと潜入しているかもしれないんです。ターカスでないなら、彼の仲間がそうしたはず。本来、彼らに課されているのは、「人間の利益となる」こと」


「え、ええ…」


「公官庁への無断での侵入が、私達の利益になりえるはずがない。彼らはすでに、私達の課したルールから外れている」


「それって…」


「ターカスが、前と同じターカスで居てくれるかは、分からないという事です」





「エリック…」


私は、エリックの「犯罪者となる」という台詞を聴き、なんとも言えなくなってしまった。


彼は、主人を慕うあまり、その報復のためであれば、犯罪者となっても構わないのだろう。多分、そういう意味だろうと思った。


でも、それでは誰も救われない。エリックがする事もただの犯罪で、なんの正当性もないし、死んでいったエリックの主人も、浮かばれはしない。


“やはり止めなければ”


私はそう思った。どうしても、強引にであっても止めなければ、事は最悪の方向へ動く。


私が考えた“大統領を殺されたら戦争が酷くなる”という予見は、おそらく概ね外れないだろう。


そんな事をすればエリックが真っ先に血祭りに上げられ、私達はテロリストとして捕らえられる。その後でどんな事を言ったところで、「テロリストの夢幻」として片づけられてしまうだろう。相手は合衆自治区大統領なのだ。


そしてメキシコ自治区に激しい戦火が上がり、人々は蹂躙され…


そこまでを思い浮かべて、私はエリックが仮想ウィンドウに夢中なのを確かめ、「水素を取り込みに行きたいのですが」と声を掛けてみた。彼はこちらを見ず、「廊下より先は行くなよ、衛星のレーダーに掛かる」と言った。



私は、廊下を歩いていて、その先にある出口の手前で立ち止まった。


“この先に行けば、誰かに見つけてもらえるかもしれないし、お嬢様のところへ帰れるかも…”


“しかし、私達の武力がなければ、エリックが大統領府と闘う事も、ポリスを相手取る事も出来ないだろう…”


“いいや!そもそもそんな事はしてはいけない!”


私は、いつの間にか自分が闘いを肯定している事に気づき、戸惑った。その上で、その思考を逃れてエリックを止める方法を考えた。


“もしくは、エリックの機能を全く止めてしまえば、私は逃れられる。他に捕らえられているロボットも解き放たれるだろう…でも、そうしてしまえば、おそらく戦争は止められない…どうすれば…”


その時、私の後ろから、エリックの声がした。


「水素は充分かな?ターカス、仕事だ」


私はそれに振り向き、仕方なく歩きながら、また“このままでいいはずがない”と考え続けていた。





つづく

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