第26話 「“グローリー”」





“いいか。なるべくポリス職員との個人的なやり取りは避けろ。何か聞かれても、のらりくらりとやり過ごすんだ”


私達、ポリスの本庁に赴く個体は、エリックにそう言われた。グスタフのオフィスでの情報収集は、私に一任された。他の二個体は、武器庫と、キャッシュサービスオフィスだ。


手のひらの認証データは偽造され、首に掛けておくダミーの「通行証」も渡された。通行データが偽造されている事が分かれば、私達はそこで失敗してしまう。だから、読み取りセンサーには、手のひらで偽の通行証をタッチする手筈になっていた。


私は、ポリス本庁の足元に立ち、その建物を下から眺めた。ミスのない、無駄のない、更にデザインとして完成されたその設計は、お嬢様の御父上も関わっていた。その建物に、こんな形で入る事になるなんて思わなかった。


私が思い出に浸っている間で、一緒に来た二人は先に進んでしまったので、私は慌てて追いかけた。でも、門をくぐってからは歩みをバラバラにして、私達三人は離れ、別々のタイミングで建物に入った。



“いいか。グスタフは忙しい。会議なども自室からは参加出来るとはいえ、仕事内容でいったら、自室を離れなきゃいけない時もあるはずだ。それを探った上で、奴の通信データと、文書のやり取りをコピーしてきてくれ”


私達はエリックからそう頼まれたので、「他の省庁から出向してきました」といったような顔をして、実際にゲート前で呼び止められても、そう言った。私は、“エコロジー”の職員である偽の通行証を持っていたし、それで隠した手のひらの情報で難なくゲートに入れたので、誰も気にも留めなかった。



目当てのグスタフの職場はガラス張りになっていて、中の様子がよく見えた。真ん中にあるデスクで忙しなく仮想ウィンドウをスクロールさせているのが、おそらくグスタフだったのだろう。


おそろしく細く、そしておそろしく背が高く、厳しそうな釣り目の、抜け目のなさそうな男だった。ぱっと見では、「優秀そうだ」と考えるくらいかもしれない。私は見咎められない内にそこを離れ、グスタフがオフィスを出てくるのを、近くの廊下にあるベンチで待っていた。


しかし、一向に彼は外に出てこなかったし、その内に日が暮れてしまった。私は彼のオフィスから廊下を曲がったところにあったベンチから、少し身を乗り出して、彼のオフィスを見やった。


するとグスタフは音声通信をしていたようだったので、私は、音声システムの感度を最大に上げた。他の音声との区別がとても難しくなったが、なんとか、相手の声も聴き分ける事が出来た。



「ええ、グローリー。事はあなたの思惑通りに運びます」


グスタフの声は尖っているが悠々としていた。“グローリー”という、不自然な呼び名に戸惑っている間、通信の相手はこう言った。


“そうでないと困る。ここまでの準備に力を貸してくれて、感謝する”


それは冷たく、威厳に満ちた、老爺の声らしかった。


「間もなく開戦となるのですね」


“ああ。もう十分に力は集められた。そう日もなく、メキシコ自治区はUSAに落ちる”


「そうですか。では、ご満足のゆく事をお祈りして、失礼致します」


“ご苦労だった”



私はその会話を聴き、とても正気では居られなかった。まさかグスタフに狙われているのがメキシコ自治区だったなんて。ああ、お嬢様が!


私は、すぐに取って返して、ホーミュリア家に戻り、お嬢様を連れて逃げたかった。だが、その時聴いた通信の相手が誰なのか分からなければ、陰謀は止められない。



ほどなくして、オフィスからグスタフが出てきて、細い釣り目の中できょろりきょろりと周りを見渡してから、彼は私の前を通り過ぎていった。




グスタフのオフィスの鍵は、何重にも電子ロックが重ねてあり、不審がられない間に開けるのは至難の業だと思えた。だが、私はやらなければならなかった。


エリックが作った偽の鍵には、グスタフの情報が組み込まれている。もしかしたら、いや、もしかしなくても、鍵を開ければ、グスタフ本人の手元に、部屋が開けられた通知が届くだろう。彼が急いで引き返してくる前に、仕事を済ませなければいけなかった。


私は、偽の鍵に入った偽の情報を、ひとまずは中へ差し込む。思った通りに上手くいかなかったので、今度は別の方法を使った。


私の体に以前組み込まれていた、“人の不利益となる機能は使わせない”というロックは、すでに解除されている。私は人差し指の部分を細長く伸ばし、鍵の中に差し込んで、その鍵に入力され続けてきた情報を、一つ一つ順番に検索しながら、中へ送った。


“当たってくれ…!”


それは、一番よく使われている単語の並び順でパスワードを当てるような作業と言えば、分かりやすいかもしれない。運よくゲートは開き、私は誰にも見られずに、中に入る事が出来た。そして、デスクに据え付けられた通信端末へ駆け寄る。


直前に通信していた相手の番号は、やはり見られなかった。履歴は消すだろう。だから私は、システムの中で、消去の作業を施されたデータの復活を急ぎ、直近2カ月分の文書データも、スケプシ回路へコピーした。


“早く…!彼が戻ってくる前に!”


祈りと焦りでどうにかなりそうだったが、消去された最後のデータには、「U-01」とあった。私はそれを目の中で記憶領域に送り、足早にそのオフィスから離れた。





つづく

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