第25話 「事態の進み」
「それにしても、本当に大変な事になりましたな、ヘラ嬢。私はちょっと上司と通信をするので、少々失礼させて頂きますぞ」
シルバ君の出した仮想ウィンドウを見ていたマルメラードフさんは、そう言って席を立った。
「ええ」
私は続けてシルバ君が動かすウィンドウを見ていたけど、あっという間に文字が流れ去ってしまうので、何が書かれているのかはよく分からない。でも、シルバ君にはちゃんと分かっているようで、彼はスクロールをやめる事はなかった。でも、あるところでそれはピタッと止まる。
そこにあったのは、マクスタイン氏が所有する“エリック”というロボットの図面だった。
「変ですね」
「何が?」
シルバ君は唸りながらうつむいた。何を考えているんだろう。
しばらく彼は考えていたようだけど、やがてこう言った。
「“エリック”の仕様は、まったく普通の家庭用ヒューマノイドです。武器も内蔵されていない、飛行すら出来ない。それでターカスを追い詰めて拉致するなんて、無理なはずです。だから、過去都市ケルンに彼の部品が落ちていたのは、不自然なんですよ」
私は話を聴いてちゃんと理解が出来たけど、「じゃあどうして」という質問には答えられない。
「そうね、変ね…」
シルバ君はその後、考えながら別のデータを覗こうとしたみたいだったから、私は退屈になったし、マリセルはその時居間に居なかった。
“そういえば、マルメラードフさんの帰りが遅いわ。通信にしたって、これまではここでしていたのに…”
私はその時、何かをピンとひらめいた。それは、こんなような事だった。
“もしかしたら、何かターカスについての大きな秘密があって、マルメラードフさんはそれを隠すために、私の聴こえないところで通信をしているのかも!そういえば、アームストロングさんも、私に黙っている事があるようだったし!”
そう思うと私は居ても立ってもいられなくて、仮想ウィンドウに夢中なシルバ君を置いて、そーっと居間を出た。
居間の外の廊下では、人の話し声は聴こえなかった。いつもの通り、屋敷は静まっている。でも、人影を探して通路をいくつか折れた時、ぼそぼそとマルメラードフさんの声が聴こえたから、私は廊下の柱に隠れて、声のした方を見やった。それは、中庭の薔薇の影だった。
彼は何事かを真剣に話していて、どうやら敬語で喋っているみたい。
“何を話しているの?”
私は歩行器を少しだけ前に進めて、柱から耳だけを出す。すると、途切れ途切れにだけど、こんな話が聴こえた。
「ええ…はい、大丈夫です。あなたのお手を煩わせるまでもありません…はい、承知しております、“エリック”の始末は必ず…装う必要もありません、“連中”が勝手にやってくれるでしょう…」
““エリック”って、マクスタイン氏のロボットの“エリック”かしら?“連中”って、誰なの?”
私はなんだか、その話を聴いていて、不安な気持ちを感じた。マルメラードフさんが話す調子が、悪い事を考えている人達と同じような気がして。
“ここに居たら、まずいかもしれないわ。そうだ、帰ってシルバ君に相談してみよう!”
そう思って歩行器を翻した時、私の肩を誰かが強く引いた。
「じゃあターカス。お前にはポリスに潜入してもらう。だから、こちらで偽のIDを用意した」
そう言ってエリックは、仮想ウィンドウをスクロールさせていた。
「偽のIDですって?そんなものがすぐに用意出来たのですか?」
「すぐに出来るわけねえだろ。充分時間を掛けたし、手間も掛かったさ。でも、元は俺の主人が管理していたデータが、ポリス職員の個人データだったんだ」
そう言って彼は、ウィンドウの中にある一つのフォルダを開いてみせた。そこには、膨大な数の、顔写真とID、肩書きや居住区などのデータが入っていた。延々と開き続ける個人フォルダを、エリックはタップしてすべて消す。
「俺は、ポリスに赴いた日にはもう自分がやりたい事が分かってた。だから、少々ちょろまかして来たんだよ。そこから、解雇された者、死亡した者と引き出し、ポリスのシステムにこっそり復帰させて、IDをまた使えるようにしたんだ」
「それはどうも、大変な事で…」
欠伸をしながら、エリックは仮想ウィンドウの中に私の写真を貼り付け、私に「手を貸せ」と言った。
私の手には、ロボットとして家庭に登録されたデータが入れられている。それを照射すれば、私が何者なのかがはっきりする。
「これを上書きしなきゃならない。センサーに手をかざしてみろ」
私はそこで、「嫌だ」と言いたかった。データが上書きされてしまえば、私は「ホーミュリア家のメイドロボット」ではなく、「ポリスの偽職員」になってしまう。でも私は、こう思い描いた。
“大いなる陰謀を止めるため…”
だんだんそんな風に自分を説得し始めていた私は、エリックがこちらに向けた手のひら型のセンサーに、おそるおそる手を伸ばす。
サーッと私の手のひらに温かい温度が伝わり、バチバチと火花が散ると、エリックは「よし」と言った。
「次の奴、来い」
エリックはもう次のロボットの相手をしていたが、私は自分の手のひらを見詰めて、もうそこにはホーミュリア家の情報がないのを思い、項垂れた。
「何するの!放して!放してよ!」
私が暴れて叫ぶと、「分かりました、放しますよ」と後ろで男の人の声がした。それは、銭形さんだった。
「あれ、銭形さん…?」
「はい、そうです」
私は一瞬、呆けたように何も分からない気持ちになり、その後で「どうしてここに居るの?」と聞いた。すると銭形さんは、私を歩行器に元のように座らせ、「それはこちらの台詞です」と言った。
「こちらはあなたを警護している訳ではないが、突然居なくなったと、マリセルが心配していたんです。早くお戻りなさい」
「あ、ああ、そうなのね。私てっきり…」
私が言った事に、銭形さんは顔を近づけてきた。彼の赤い目が、私はちょっと怖かった。
「てっきり?てっきり、なんです?」
「いいえ、なんでもないわ。じゃあ早く居間に戻りましょう」
つづく
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