第24話 「二人とも消えた」





私はそわそわとしたまま、アームストロングさんと銭形さんが戻るのを待っていた。やがて二人が帰って来るまで、お茶を飲む気にもなれなかった。でも、その途中でシルバ君が何かの通信を受け取り、彼はまたいくつもの仮想ウィンドウと闘っているみたいだった。


私はその時、不安な想像に囚われていた。


ターカスはもうぼろぼろに壊されていて、マクスタイン家でその様子が見つかり、アームストロングさんと銭形さんが、バラバラになったターカスを連れて帰って来る…そして、「こうなった以上、もう直す事は不可能でしょう」と私は言い渡され、泣く事しか出来なくなる…。



不意に私の耳に足音が届いて、ハッと顔を上げた時、私は自分が居るのが自宅の居間だと思い出し、足音が廊下からだと分かった時、慌ただしく居間の扉が開いた。


「シルバ!わかったか!」


そう叫んだのは、アームストロングさんだった。銭形さんはもうアームスーツを脱いでいたけど、彼は、ソファに放ったスーツをもう一度着ようと、手を伸ばす。


シルバ君は二つのウィンドウを出していたけど、首を振ってこう言う。


「ありません」


「ない!?じゃあ、“エリック”はどこへ!」


「わかりません」


私には、彼らが何を話しているのか分からなかったし、説明して欲しかったから、歩行器を近くに寄せて、「どうしたの?」と聞く。私の質問には、銭形さんが答えてくれた。


「あなたが先ほど手にしていた目を持っていたロボットが、消えたのです。ロボットの所有者は死亡していました」


「え…?それって、どういう事…?」


「まだ分かりません。ですが、シルバの検索では、そのロボットも見つからないようなので、ターカスもそのロボットも、何者かに破壊されているかもしれません」


「どうしてそんな事に…?」


「現時点では、分かりません。これからまた捜査をします」


「ねえ、銭形さん…またスーツを着たのね?」


「ええ。万一の事を考えまして」


私が「万一って、どんな事情かしら」と聞くと、銭形さんは言い渋っていたけど、後ろを向いて、扉に向かいながらこう言った。


「ターカスがそのロボットに捕らえられて、どこかに隠されている、という可能性です」


私は、広がり続けるこの事件を、だんだんと受け入れられなくなっていた。


“どうしてターカスがそんな目に遭わなくちゃいけないのかしら?だって、彼は何もしていないはずだわ…それなのに…”


私は心細くて堪らず、“早くターカスを連れ戻さなくちゃ”と強く願った。





私は足を元に戻してもらって、腕の磁力錠も外された。だから私は飛行や走行が出来るようになったし、腕に付いているあらゆる火器も使用可能になった。それは意外な事だった。


「エリック。私達を自由にした途端、私達があなたを害するとは思わなかったのですか?」


そう聞くと、エリックは首を半分振り向かせ、「へえ?そんな威勢があるのか?」と言っただけだった。




「まず、ポリスに潜り込む奴と、グスタフの自宅に潜り込む奴に分ける。お前らの希望は?」


エリックがそう言った時、意外にも、多くの個体が自分の希望を持っていた。中にはまだエリックを止めようとしていた者も居たし、興味がなさそうに話を聴いていなかった者も居たが。


私は、“エリックを止めなければ”とやはり感じていた。


もし成功したとして、残忍で巨大な争いは葬られるかもしれないが、それをしたエリックはきっと破壊され、貶められる。そんなのは許せない事だと思った。


「エリック。もう一度考え直して下さい。これが成功したところで、あなたは英雄ではなく、殺人犯になるだけなのですよ。私達も、一緒に証言をします」


私がそう言うと、エリックは大きなため息を吐き、こちらを見た。


「お前はまーだそんな事言ってんのか。そんなの関係ねえんだよ。そうさ、俺は殺人犯になる。そして解体されるだろう。そんなのは承知の上でやるんだ」


私はその時、大いに迷った。多分その時が、エリックを説得出来る最後のチャンスだろうと思ったからだ。


「では、どうなろうとも、グスタフを葬るのですね」


「ああ」


念には念を入れ、もう一度こう聞く。


「わたくしがその邪魔をしようとしたら、どうします」


エリックは胡坐をかいた膝に肘をついて顔を支え、私を睨みつけていた。


「お前を壊すまでだよ」





私は、居間に残ったシルバ君とマルメラードフさんの傍に居た。ずっと黙って、誰とも話をしようとしなかった。でも、私は様々に、動けなくなるまで壊されてしまったターカスの様子を何度も想像して、泣きそうなのを堪えていた。そこへ、マルメラードフさんがこう話し掛ける。


「ヘラ・フォン・ホーミュリア様、あなたは、ターカスと普段どんな風に過ごしていたんですかな?」


私は、非日常の中に差し込まれた日常に、逆に違和感を覚えながらも、質問に答える。


「どう、って…チェスをしたり、お喋りをしたりしたわ…」


「ほう!チェスを!彼は手加減をしてくれましたか?」


にこにことそう聞くマルメラードフさんに、私は「いいえ」と言って笑った。


少しだけ、元の日々のように私は笑ったけど、それもすぐに途切れてしまった。


「では…今回のように、彼が戦闘能力を有していると分かるような事は、なかったわけですね?」


私は、その質問の答えを考えた時、ターカスが私をおぶって高速で飛行していたのを思い出した。それが戦闘能力かは分からなかったけど、“きっと捜査の力になる”と思い、こう答えた。


「ターカスは…過去都市ケルンに行く時…私をおぶって高速で飛びました…摩擦でシールドの周りが光るほど、速かったわ」


「ほお、それは興味深い。まず、人を背負って周りにシールドを張るなど、戦術ロボットでない限りは出来ませんからなぁ」


唇の下に指を添えて上を向き、マルメラードフさんは何かを考えているようだった。私はその間に、シルバ君の方を向く。


「シルバ君、何か分かった?」


シルバ君は振り向かずに、こう答える。


「マクスタイン氏の死には、事件性が見られたようです。しかし、ポリスの捜査でも、結局真相は分からずじまいだったと」


「ええっ!?」私とマルメラードフさんは、同時にそう叫ぶ。


「そ、それは大変じゃないか君…」マルメラードフさんは、シルバ君のウィンドウを覗き込もうと、シルバ君の後ろに立つ。私もそうした。


「マクスタイン氏が所有していたロボットは、ポリスにも登庁しています。名前は“エリック”…もしかしたら、彼なら、僕や、ポリス内部の情報にアクセスしようと考えるかもしれません…どんな理由かは分かりませんが…」


事態はいよいよ深刻だと思えたし、私には、先がどうなってしまうのか分からなくて不安だったけど、息を詰めて、シルバ君のウィンドウを見詰めていた。





つづく

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