第2話

 私、四条みこは二重人格者並みに雰囲気が変わるときがある。

 仕事のときと普段の生活をしているとき。その両方を見たことがある人はきっと私のことを気味悪く感じるんじゃないかな。

 唯一その両方を見ているお兄は私から見ても重度のシスコンなので、お兄の評価は1ミリも当てにならない。

 別に本当に二重人格ってわけじゃない。ただ、仕事をするときにはになるだけ。であることに変わりはない。

 それだけ。












 ▽
















 ▽












「私これにする!ベリーベリーパンケーキに生クリームとバニラアイス追加したやつ!!」

「甘さの暴力」

 放課後、親友のかおりと一緒にずっと気になっていたカフェに来ていた。私はストロベリーとブルーベリーをこれでもかと乗せたパンケーキに追加トッピングの生クリーム、バニラアイスを欲望のまま乗せる鬼カロリースイーツを注文する気満々だ。

「馨は?何にするの?」

「これ。キャラメルソースかかってるパンケーキ」

 馨は彼女が世界で一番好きな食べ物であると常日頃から言っているキャラメル味のスイーツを頼むようだ。

 テーブルの上に置かれている端末型のログパスを馨が起動させ、スクエアに注文商品を入力してお店の管理コンピューターへ送る。

「そういえば、お兄さんはいいの?みこのこと迎えに来てくれるんじゃなかったの」

「馨と遊びに行くって言ったら帰るときにまた連絡してって」

「ふうん」

 馨は無造作に流している腰あたりまである長い髪を少し触ってそう呟いた。

 初めて馨とお兄が会ったとき、それはそれは面白かった。




 お兄は妹の私が言うのもなんだけどなかなか顔が整っている方だ。それまで私の友達でお兄に会った子は必ずと言っていいほどその目をぎらぎらと輝かせて彼に迫ったものだったから、馨がそういう子であると思ってはいなかったけど何かしら、あるんじゃないかなとは思っていた。多分それはお兄の方も同じで私が紹介したい女の子の友達がいると言ったときに、少しだけ顔を歪めた。

『この子が漣波さざなみ馨!私の親友だよ』

 得意気に馨をお兄に紹介すると、初対面の人間によく見せるあの張り付けたにこやかな笑みを浮かべたお兄が『よろしく』と言いながら馨に右手を差し出した。ああお兄ってば名前を言わないところをみるに馨と仲良くする気はないんだな、なんて考えたらぱしんっ!という音が聞こえた。

 しんとしている我が家のリビングにこの音を響かせたのは他でもない馨。彼女がお兄の手をはね除けた音だった。

『先に名前を言ったらどうなの?いくらみこのお兄さんだとしても私は礼儀知らずな人とよろしくしたくなんかないわ』

 堂々とそう言ってのけ、若干軽蔑の色さえにじませているその瞳に私は段々笑いが込み上げてくる。それはお兄も同じ。

 くつくつという小さな声はそのうちに大きくなり、やがて二人分の笑い声となってリビングに響く。

『ちょっと……何?なんなの、みこ説明しなさいよ』

『いや、馨が、ふっ!……馨がお兄のことっあははっ!……お兄のこと凄い嫌ってるのが、ふふっ、面白くてっ……んっふふ!』

『みこが笑いすぎてて何にも入ってこなかった』

 隣ではお兄がひーひー言いながらソファーを叩いており、私は馨が見せたお兄への態度を思い出しては爆笑しているため、はたから見ればちょっと、いやかなり気味悪い光景であっただろう。







「―――……こ、みこ!」

「わっ!びっくりした。どうしたの」

「どうしたのじゃないわよ。急に黙り始めたと思ったら何回呼んでも返事しないんだもの」

 目の前の親友は心配そうな表情をしながらこっちを見ている。

「あのね、馨が初めてお兄に会ったときのこと思い出してて」

「ああ。あの初対面の人に対する礼儀が欠片もなかったやつね」

「そう!ほんとにあれ面白かったよね」

「みこたちだけね。私は別に何も面白くなかったから」

 そう冷たく言い放ってから馨はパンケーキを愛おしそうに見つめる。

「先に食べればいいのに。冷めちゃうよ?」

 私が記憶の海を彷徨さまよっていた間に来ていたらしい馨のパンケーキは手をつけられていない。

「みこのがまだ来てないんだから食べないわよ」

 さも当然のことのように言うからなんだか嬉しくなってしまう。

「えへへ、えへ、えへへへへ」

 気持ち悪い笑みを繰り返す私は唯一無二の親友から絶対零度の視線を向けられながら幸せに浸る。











 ラピスラズリガールズ【完】

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