第5話

 ビルの中は綺麗だった。全体的に白っぽくて、なぜか気後れしてしまう。

「こちらへどうぞ」

 レティが開けた扉に書かれているのは『第26班 会議室』という文字。

「いいの?僕みたいな部外者が入っていいところなの?」

「ソータさんは部外者じゃないですよ。私たちのお仕事をご存じなのですから」

 それもそうか。レティに勧めらるまま椅子に腰掛けながらそう思う。

「紅茶でいいですか?ああもちろん変なものは入れたりしませんよ」

 笑いながら言ってくれるがそれは全然ジョークになっていない。僕は苦笑いをしながら曖昧に頷く。

 少ししてレティが御盆おぼんを持ちながら奥からやって来た。ことりと小さく音を立てて置かれたカップの中には美味しそうな紅茶が入っていた。

「ソータさんに訊きたいことがあったのです。貴方の本名はなんというのですか? 」

 一瞬困惑してしまう。彼女にはずっと本名を呼ばれていたから。

「そっか。僕の名前、ちゃんと知ってるわけじゃないんだっけ。新島草太にいじまそうたです」

 机の上に漢字を書きながらそう言う。なんだか恥ずかしいな……。

「なるほど、草太さんですね。覚えました」

 レティは何度か僕の名前を呟くとにこりと笑う。

「あの、じゃあ君の本名は?」

「え?私はレティシアですよ」

「いや、そうじゃなくて……。あ、もしかして機密事項とかだったりする!?わ、ごめん、そういうわけじゃなくて」

 目に見えて焦り出す僕に薄く笑ってレティは口を開く。

「別に秘密というわけではないのですが、ここではレティシアが私の本名なのです。ですから草太さんは気にせずレティと呼んでくれれば良いのですよ」

「まぁ、君がそういうなら。……今日お兄さんは?」

「お兄ちゃんはお仕事に行っていますよ」

 レティは耳元のログパスを操作して浮遊式タッチパネルスクエアを出すと地図を表示した。赤い印がゆっくり点滅しながら動いている。

「今ちょうどお仕事をしているのだと思います」

「彼もメイアなんだよね?どんな能力なの?」

「お兄ちゃんは人心に関わるメイアを持っていて、主に洗脳をしていますね」

 ……洗脳?洗脳ってあの洗脳?え、それ大丈夫なやつ??

「たまにいるんです、自殺を手伝ってほしいけど誰かに一方的に殺されるのは嫌だと仰るお客様。そういう方にはお兄ちゃんが洗脳をかけてご自分で自殺出来るようにするんですよ」

 自慢の兄の異能メイアを嬉々として語るレティは心底楽しそうだった。僕はそれに少しだけ、薄気味悪さを感じてしまったわけだけど。

「そういえば、ここで大人を見たことないけど」

「大人の方々が居ないわけではありませんよ。ただ、大体は裏で動いていますし。お仕事をするのも私たちですからね」

 それはつまり子どもに人殺しをさせている大人がいるということだろうか。何の違和感も、罪悪感も、感じないのだろうか。

「どうして、子どもなの?」

「?何がですか?」

「その、人を殺す役割」

「子どもというわけではなくてですね。望ましいのは少女なのですよ」

 あの深夜のコンビニで見たような笑みに、冷や汗が背中を伝う。これはきっとレティにとって大事なことで、僕には到底理解できないことだ。

「少女は死とよく似ています。一瞬にして過ぎ去っていく青春と一瞬にして訪れる死は酷似している。それなら、その死を運ぶ人間も死に近い方が良いだろうというわけなのです。ではいけない。でないと」

「…………」

「もちろんお兄ちゃんのようにでもお仕事をしている方はいらっしゃいます。私たち少女よりは少ないですが、能力を買われてここで働いているのです」

 カップの中の紅茶はとうに冷めてしまった。僕はその冷えた紅茶で喉を潤してから話し出す。

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