第3話

 聞けば、この少女はレティシアというらしい。とはいえ日本人の顔をしているのでおそらく偽名だろう。レティと呼んでほしいとのことなのでありがたくそう呼ばせてもらうことにする。

「俺らはメイアなんだ。レティはこう、手をピースにして他人の体を切断するようにするとそいつの血流を止められるんだよ」

 そう言ってレティの兄がピースにした手をハサミのようにチョキチョキ動かす。楽しそうに笑う彼は妹のことは話すくせに、自分のことは何も語らない。

「ソータさんはノン・メイアなのですよね?」

「そうだけど、どうしてそれを知ってるの?それに僕の名前だって」

 ずっと気になっていたことだ。僕は確実にこの少女を知らない。

「それなんだが。どうもレティと行動するはずだった協会のやつとこいつは、名前が同じだけの別人らしい。相方がいないのにレティが仕事に行ってるから焦ったぜ」

 レティ兄は妹に笑いかけながら彼女の頭を撫でる。こいつ絶対シスコンだ。僕には分かる。

「というか。君たちは一体何者なの?ひ、人殺しなんかして」

「そもそもそこが間違っているのです。私たちがしているのは人殺しではありません、立派なです」

 レティは僕を軽く睨みながら自分の仕事について堂々と話す。

「私たちがマザーの命令で殺している人たちは皆、自殺願望がありながらもなかなか自殺出来ない人たちです。マザーとは巨大なコンピューターシステムで、マザーがそういった人たちの情報を集めて私たちにお仕事を割り振ります。したがって私たちは彼らの命を絶つことで彼らに幸福を提供しているのです」

 全くもって意味が分からない。自殺を考えている人を止めるなら分かるけれど自殺を手伝って、しかもそれを人助けだとのたまうのだ。

「……それは本当に、人助けなの?」

 ピシリとその場が固まった。熱帯夜のムシムシした空気すら肌寒く感じる。

「……どういう意味です?」

 こちらを責める様に見る眼差しと、僕を大事な妹に害をす存在であると認識した眼差しに気圧されながら口を開く。

「だって……いくら君たちが人助けをしても結局人が死んでいることに変わりはないだろ。それに、今まで殺した人の中にはノン・メイアだって居たはずだ。メイアはノン・メイアを傷つけてはならないじゃないか」

 たどたどしくそう言えば今度はレティの兄が話し始める。

「確かにメイアはノン・メイアを傷つけてはならない。だが俺たちはお客様の同意のもとでこれを行っているんだ。不用意に傷つけているわけじゃない」

 ああまったく。頭が混乱してきた。一体誰が正しくて誰が間違っているのか。

「ソータさん?大丈夫ですか?」

 レティが心配そうな声を僕にかける。彼女からしたら僕は自分の信念を否定してくる憎らしいやつのはずなのに心配してくれるなんて、きっとレティは根本的に良い人なんだろう。

「一気にいろんな情報が入っただろうからな、キャパオーバーなんだろ。今日はもう帰った方が良いんじゃないのか」

 レティ兄の言葉に僕はこくこくと頷く。

「あの、すみません。僕はこれで」

「はい。また会いましょうね」

 出来ればもう二度と会いたくないとは言えず、僕は頭痛のしてきた頭を抱えて家路についた。

 本当に、二度と、会いたくない。


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