第22話 あっぱれ勧進僧

 胡乱な噂に激怒した執権泰時は、勧進聖人の往阿弥陀仏を呼び出し、詰問した。

「女子供の命の助力を得ねば、港を造れぬのか」

「何の話でございましょう」

「和歌江島の工事に人柱を立てたと聞いた」

「いえ、いいえ、そのような事象はございません」

「偽りは許さぬ」

「執権さま、どうぞお平らに」

 権力者は、幾つもの顔を持つ。

 泰時の素の顔はといえば、謹厳実直、少々面白味に欠ける。

 公の場でも同じようなものだが、良い顔ばかりでは執権職は務まらない。

 己の心情よりも大袈裟に怒ってみることも必要であった。

 今がそのときとはいい難いが、己の怒りを隠そうとはしない泰時だった。

 民に尽くすことを目的に諸国を巡る勧進僧は、じっと時の権力者を見つめ合掌した。

 そして、声を鎮めて話し出した。

「どうぞお聞き下さいませ。執権さまのお里から立派な伊豆石を沢山届けて頂きました。何事も基礎は大切でございます。基礎を盤石にするため、愚僧みずから筆をとり、念仏を唱えながら頂いた石に経を認めました。その念仏石を基礎に沈めました。決して人など埋まってはおりませぬ」

 勧進僧をじっと見つめた泰時だったが、胸の錘が浮いてきて泡と化した。

「どうやら、噂に踊らされたようじゃ。許せ」

 両手を合わせた僧は、深々と首を垂れた。

 何と素直なご性格かと、僧は思った。

 諸国を回る勧進僧は、多くの人々に会う。貧しい者はいうに及ばず、都の身分高いお方にも面会したことがある。しかし、己の誤りを認めるのは、なかなか難しく誰もが出来ることではない。


 泰時の年老いた郎党が、ただ一人、材木座に急いだ。

 予てより存じ寄りの材木商の裏に回った武家は、声をひそめて訪いを入れた。

「和歌江島に人柱を立てたと聞いたが‥‥‥」

「いえ、それは噂でございます」

「噂は聞いたのだな」

「は、はい。この辺りの者は、みな知っている噂でございます」

「何処の誰が、人柱になったと?」

「存じません。吾は巷の噂を耳にしただけで‥‥‥」

 納得しない顔に、じっと見つめられ、材木商の目が泳いだ。

「あの穏やかな執権どのが、お怒りじゃ。このまま手ぶらでは帰れぬ。察してくれ」

 材木商の主は、両手を付いて深々と頭を垂れた。

「丸太屋をご存知でございましょうか。新御所に材木を収めました丸太屋でございます」

「ああ、あの丸太屋」

「あそこに、足の悪い娘御がおりまする。鐙摺あぶずりに嫁に行くと聞いておりましたが、なぜだか破談になりまして、その時に用意された花嫁衣裳を着て着工前の和歌江島に沈んだと、多くの者が見ていたと、聞きましてございます」

「なんと?」


「主どのに、お目にかかりたい」

 卑しからぬ武家の訪問に、海に面した店先が騒めいた。

 店の内外は、屈強な男たちが半裸の姿で忙しなく働いている。男らは、持ち場を離れなかったが、その眼差しが、場違いな武家をなぶった。

 殺気にも似た空気を切り破るように、店奥から一人の男が足早に現れた。

「丸太屋あるじの嘉平でございます」

「うむ、わしは、執権北条泰時さまの郎党で、深沢と申す。幕府に仕える身ではない。しかし、こたび執権さまの命にてまかり越した」

「は、どうぞ奥へ」

 右手を奥へと差し向けた嘉平は、執権の名にも動揺を見せなかった。



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