第21話 丸太屋騒動

 材木座で手広く商売する丸太屋は、同業仲間の羨望の的であり、嫉妬の対象であった。

 しかし客とは呼べない庶民の間では、すこぶる評判がいい。災害の際の炊き出などを貰い受けた民が多いからだ。

 丸太屋の奥で働くかじは、遊女屋の下働きの身を嘉平に買われ、一人娘の子守兼女中となった。思わぬ僥倖ぎょうこうに、真摯にお嬢さまに仕えた。

 その話が舵に伝わった時は、すでにお嬢さまみおの行く末は決まっていた。破談になった婚儀の衣装が取り出され、嘉平の部屋に華やかに飾られていた。

 舵を呼んだ嘉平は、怖い顔を向けて「他言は無用だぞ」といった。

 舵は、その話を受け止めることが出来ず、呆けたままに嘉平の顔を見つめるばかりだった。

「人柱」などという不穏な言葉を舵は知らない。

 人柱とは、橋を架けたり、防波堤を築くにあたり、その工事を強固なものにするために、生きたままの人を神に奉げる人身御供である。人柱は、子供か女が適切だといわれている。古代中国から伝わる五行説思想では女と子供は土であり、土は水を堰き止め、支配する。この鎌倉でも和歌江嶋の工事完成を祈って、美しい娘を人柱に立てるというのだ。

 嘉平は、舵を娘の澪と同様に慈しみ、身に余る習い事などもさせてくれた。澪と一緒に、いや澪の傍らで針を持ちながら澪に施される教育のあれこれを舵は頭の隅に留めた。あとから澪が尋ねることは分かっていたので。そんな舵だったが、「人柱」などという忌まわしい言葉は初めて聞いたのだった。築港という人助けの陰で行われようとしているおぞましく古い慣わしを誰がこの家に持ち込んだのか。

 なぜだろう、なぜ澪なのか。飛ぶ鳥落とす勢いの丸太屋嘉平のひとり娘が、なんで生贄とならなければならないのか。嘉平の力をもってすれば、こんな話は無かったことに出来るはず。いや、こんな話はどこか他所の娘っ子の親に肩代わりさせればよいのだ。その為に使う金に困る丸太屋嘉平ではない。舵は涙も見せず、考え続けた。だからといって、舵によい考えが浮かぶわけもなく、夜の闇は濃くなっていく。

 どうやら他の娘では駄目のようだ。

 それは、澪でなければならないのではなく、丸太屋嘉平の娘である必要があったようだ。嘉平は、やり手の商売人で、鎌倉で一番といえるほど稼いでいた。幕府からの寄進の無心はいうに及ばず、そちこちの御家人から寺社からの無心も数多くあった。それを退けたからの報復か。いや、嘉平は金で済むことならと出来る限りの寄進をしたはずだ。

 丸太屋嘉平の名声を喜ばない人々の憎悪が嘉平に襲い掛かったのか。澪の婚儀を破談にした恨みか。はたまた、七年前の将軍家新御所の地選の際のいざこざの恨みが大きく膨らんで、行き場を失い嘉平に向かったのか。主犯者のいない悪意が渦巻いて、おぞましい人柱の準備は進んでいく。嘉平にも理解の出来ない成り行きだった。

 舵は、嘉平のいない部屋へ入り、何も知らぬげに華やかぐ婚礼衣装を眺めた。

(何て綺麗なお衣装でしょう。私も一度でいいから、着てみたい)

 と思い、この一大事に何を暢気なことを考えているのだと我ながら呆れる。

かじ、使いに行って欲しいのだが」

 嘉平の声がして、舵は我に返えった。不遜な考えを覗かれたようで、頬が紅に染まっていく。

 それなのに、舵は今しがた考えたことを嘉平に伝えていた。

「綺麗なお衣装ですね。旦那さま」

「ああ、舵も着たいか」

「はい、わたしも着とうございます。一度でいいからこんな着物を着て、お嫁に行きとうございます」

「舵の嫁入り先を見つけねばならないな」

「いえ、旦那さま。私の嫁入り先はもう決まっております」

 舵は、嘉平の顔を確りと見て言葉を続けた。

「お嬢さまには譲れません。わたしが海の石蔵に嫁入りします。この衣装はわたしに下さいませ」

 嘉平の驚いた顔から目を逸らした舵は、確りと自分の欲望を告げえたことにホッとして俯いた。

 やがて、主従二人はじっと見つめ合い、頷き合った。


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