後編 記憶と再会

「そうか、あれはお前だったんだな」


「あはは、もしかして忘れてたの~?

 もう、酷いなーっ!

 …なんてね。酷いのは、私の方だったよね」



 あの日、抱きしめ合ったあと俺らは家に向かった。

 向かった家は、俺の家だ。


「ただいまー」


「あら、遅かったじゃない。

 まーたあの子と遊び回ってた…、あらその子は?」


「ちょっとわけあってさ、一晩泊めてあげれないかな?」


「はー、分かったよ。母ちゃんが知ったら仰天するだろうから、ばーちゃんは黙っといてあげる。

 あ、でも嬢ちゃんちには連絡するから連絡先教えな。なーに、上手く言っといてあげるから、ばぁちゃんに任せな!」


 朗らかな笑いを浮かべて、『若い時にはそんな事の一つや二つはあるさ』と彼女の背中を叩く。


 いつもは親代わりに口煩いばぁちゃんだったが、これ程までに頼りになると思ったのは初めてかもしれない。


「ばあちゃん、ありがとうな!」


「はは、あんたにお礼を言われたのは何年ぶりかねー?」




 何時までもその浴衣のままじゃ居られないだろうと、ばあちゃんが寝巻きに使ってるという浴衣を用意してくれた。

 昔の人はみんなこれだったんだよと、教えてくれた。


 今のお祭りに着る浴衣とは違い、薄地で地味な色。なのに、どうしてこんなにも色っぽく見えるんだろう?


「お風呂先に入らせて貰っちゃったね」


 先に風呂に入り、寝巻き用に貸りた浴衣を着ている彼女。

 うちわでその火照りを鎮める仕草もまた綺麗だ。


「じゃあ、俺も風呂はいってくるから、上がったら一緒にご飯食べなさいだってさ。

 ちょっと待っててね」


「うん、行ってらっしゃい」


 綺麗な指先を広げて、ヒラヒラと手のひらを振り俺を見送る彼女。

 なんか夢を見ているようで、まだ風呂にも入ってないのにのぼせたように頭がぼうっとする。


「毎日だったら、幸せだろうな」


 願望が思わず口に出てしまい、それをばあちゃんに拾われてしまう。


「何言ってるんだいっ!そういう事は大人になってからいいなっ!」


 軽く小突かれつつも、そうりゃそうだよなと納得する。

 ばあちゃんも、笑顔だったから怒ってない。

 きっと、だから早く大人になれってエールなのかも。


 ささっと風呂に入ってサッパリして、部屋着に着替える。

 部屋に戻ると、彼女が笑顔で迎えてくれる。

 彼女のため、既に部屋には布団が敷いてあるのを見て少し驚いたけど、平常心を装った。


「えっと、下で寝るの?

 あれだったら、ベット使う?」


「ううん、いいよー

 それに家でも布団だし、こっちのが落ち着く」


 親友のアイツなら、勝手にベットを占領してしまうので、ベットの方がいいのかと思ったけど余計な心配だったみたいだ。


 よくよく考えたら、シーツも替えてないから男臭いかもだから女の子を寝かせられないか。

 うん、布団の方が良いよな。


「ばあちゃんがご飯出来てるって。

 下に降りて食べようか」


「うん、実はお腹ぺこぺこだったから嬉しいかも」


「ははは、それなら良かった。

 実は俺もだよ」


 二人仲良く階段を降りるとき、自然と手を取りゆっくり降りる。

 食堂に入ったら入口からいい匂いがしてきた。

 その匂いが余計にお腹を刺激する。

 ついにはお腹をがぐーとなった。


「ふふふ、私も鳴ったかな?」


「いや、慎ましくて聞こえてないわ」


「あはは、それなら良かったよ」


 わいわいと入ってきた俺らを笑顔で迎えてくれるばあちゃん。

 何時もより機嫌が良さそうだ。


「ああ、そうだ。お嬢ちゃんの家には連絡しておいたよ」


「あ、はい!ありがとうございます!

 お母さん怒ってましたよね…」


「そう心配しなくて大丈夫だよ。

 もう怒ってないってさ。だから、明日迎えに来るってね」


「そう…ですか。

 何から何までありがとうございます」


「それにね、あんたの母さんも小さい時から知ってるから、私のとこに来ているって知ったら安心してたよ。柄にもなく焦ってたから結構心配してたみたいだよ?」


「え、お母さんが?

 心配かけちゃったんですね、帰ったら謝ります」


「ああ、それがいいよ」


 ばあちゃんから親のことを聞いて安心したようだ。

 明日帰ってしまうのは少し残念だけど、仲直り出来るみたいだし、良かったと思わなきゃ。


 その後、三人でご飯を食べてから少し雑談をした。

 ちなみにじーちゃんはとっくにご飯をすまして、寝てしまったらしい。


 いつも口うるさいじーちゃんがいないせいか、その日のばあちゃんはとっても饒舌で、昔にやらかした話や、母さんとの喧嘩話とか色々な話をしてくれた。


「母娘だって人間なんだ、そりゃあ喧嘩もするさ。

 でもね、どんなに喧嘩してたって子供を愛してない親なんか居ないんだよ?

 それだけは覚えておいてね?」


「はい、ありがとうございます!

 お話聞けて、なんか嬉しかったです」


「ははは、こんなばあちゃんの話でいいなら何時でも聞きにおいで。

 あんたなら、何時でも歓迎するからね」


「本当ですか?嬉しいです」


 親との事が解決したお陰で、すっかり柔らかい表情になった彼女。

 この時は、この笑顔がずっと見れると俺は思い込んでいたんだ。



 夜になり俺はベッドに、彼女は布団に潜り込む。

 今日お祭りで見たあれやこれが面白かった事などを雑談していると、意外と体が疲れていたのか眠気が襲ってくる。


「ふああぁ、そろそろ寝よっか?」


「うん、そうだね。今日はありがとう、君のお陰で楽しい思い出が出来たよ」


「それは俺もだよ。

 また、来年も一緒に祭に行こう」


「…」


 すぐに返事を貰えると思っていたのに、暫らく沈黙が続く。

 寝たのかと思って体を起こすと、彼女は布団の上に座りこちらを覗くように見ていた。


 差し込んだ月明かりが少しはだけた浴衣から見える肌を仄かに照らす。

 思わず目線をずらそうとして、目が合った。

 その鈍色の瞳が、悲しそうにこちらを見ている。


「あのね、来年は行けないんだ」


「え、俺と行くのは、嫌だった…?」


「ううん、違うよ!

 違う、そうじゃないの。

 私も君と行きたいよ。

 でもね、行けないんだ」


「どうして?」


「私ね、もうすぐこの町からいなくなるの」


「え?!」


 その言葉に、今日一番の衝撃を受ける。

 ずっと一緒に居たいと思った人が、もうすぐいなくなる。

 そんな事を想像しなかったから。


「私の両親ね、離婚しちゃって。

 だから、私はお父さんに連れられて一緒に町を出る事になったの」


「そ、そんな!」


「私、この町好きだったんだ。

 穏やかで、優しい人がいっぱいいて。

 だから、最初はお母さんと残るって言ったんだけど、子供が決めれる問題じゃないって…!」


 俺は言葉を失ってしまった。

 何を言っていいか分からない。

 慰める言葉すら浮かばなかった。


 俺も、親の都合でこの町にいる。

 ばあちゃんは好きだけど、この町の事は好きになれなかった。

 やっと好きになれる理由が出来たと思ったのに、また大人の都合で叶わないのか?


「じゃ、じゃあさ。俺、会いに行くよ!

 バイトしてお金貯めてさ、お前に会いに行く!」


「え!?」


「滅多に会えないかもだけど…。そうだ、次の夏祭りはさお前の住む町の祭りに行こうよ!そうしたら一緒にいけるだろ?」


 そうだ、これっきりでお別れになるわけじゃない。

 そうならないように、何とかすればいいんだ。

 俺らは子供だけど、もう何も出来ない歳でもないんだ。


「…無理だよぉ…」


「無理じゃないよ!俺、この町に来る時一人で飛行機乗って来たし。

 チケットの買い方も分かるから、ちょっと遠くても行くから!」


「海外なの」


「え」


「お父さんに連れて行かれるの、海外なんだよぉ…」


 ポロポロと瞳から涙が零れる。

 彼女は嫌々しながら、俺に縋りつく。


「行きたくない!海外なんて。

 言葉も通じないし、どんな所かも分からないんだよ?

 嫌だよぉ、怖いの…!」


 現実はなんて残酷なんだろう。

 こんなにも離れたくない人が、無条理に連れさられてしまう。

 そんな俺に出来る事は何もなくて、それでも何かせずにはいられなくて。

 でも、そっと彼女を抱きしめるくらいしか出来なかった。


「ふふふ、ごめんね。

 この事、まだ君にしか言って無いんだ。

 だから、ちょっとスッキリしたかも」


 ぱっと顔をあげると、目をはらしながら無理に笑顔を作る彼女。

 そして君は笑って僕にこう言った。


「ねえ、二人で逃げちゃおっか!

 私を何処かに連れて行ってよ」


 一瞬何を言っているか分からなかった。

 そして、思わずこう口にしてしまった。


「そんなのできるわけが無いよ」


 連れ去って、今の俺に何が出来ると言うんだろう?

 今もばあちゃんとじーちゃんの世話になって生きている俺が、彼女を連れてどこかで暮らす?

 そんな事出来るわけ…。


「…そうだよね。

 ごめん、ウソウソ忘れて!」


 そう言いながらも悲しそうに笑う彼女。

 馬鹿なのか俺は、なんで嘘でも『分かったって』言えなかったんだ?


「今は無理だけど、いつか俺が迎えに行くから」


「えっ!?」


「まだ高校生だから、何にも出来ないし、生活とか。

 ばあちゃんに世話になっているから分かるんだ、今の自分がいかに無力なのか」


「君…」


「だからさ、大人になったら迎えに行く!

 待っててくれなんて、図々しい事は言わない。

 でも、海外に行ったとしても俺は忘れないよ。

 だから、きっと連絡くれよな」


「ふふふ、あははっ!

 君って凄いんだね!それってプロポーズと一緒だよ?」


「え、えっ!?

 いや、そう言う事じゃあ…。

 茶化すなよ…」


「でも、すっごいうれしいよ。

 うん、分かった。

 必ず連絡する。手紙書く。

 約束ね!」


「ああ、約束だ」


 自然とお互いを抱きしめ合う。

 見つめ合い、そしてそっと唇を重ねる。


「ふふ、キスしちゃったね」


「く、口に出して言うなよ」


「嫌だった?」


「そんなわけないだろ!もう、寝る!」


 急に照れてしまい、恥ずかしくなってベットに潜り込む。

 すると俺の背中に温かい何かを感じる。


「最後に、一緒に…ね?」


「お、おう」


 こんな状況で寝れるかって思ったが、背中に感じる人のぬくもりが心地よくて。

 俺も彼女もそのまま静かに寝息を立てるのだった。



 ─それから2週間後、彼女はこの町から居なくなった。




「俺は、卒業するまでお前からの連絡を待っていたんだ」


「うん、そうだよね。

 私もね、君に連絡するつもりだったよ」


「じゃあ、どうしてっ!?」


 今まで蓋をしたように忘れていた思い出した鮮明に蘇る。

 その反動でなのか、まるであの頃の気持ちまで蘇ったような感覚になる。


 久々にあった筈の同級生が何やら騒いでいると知って、同級生たちの視線が俺らに集まる。

 みな聞き耳を立てているのか、俺達の事を静かに見ているみたいだ。


「これを見てくれるかな?」


 彼女はするりと右腕の袖をまくって、俺に見せる。


「え、これ…どうしたんだ?」


 そこには大きな傷跡が残っていた。

 女子には似つかわしくない、生々しい傷跡。

 確か、あの時にこんな傷は無かった筈だ。


「あの後ね、私向こうで交通事故に巻き込まれちゃってね。

 2年間ずっと、意識が無かったんだ。

 意識を取り戻した後も、しばらく記憶を失っててお父さんの事すら分からなかったよ」


「そ、そんな事が…」


 俺は絶句した。

 彼女が居なくなってから、ずっと、ずっと連絡を待っていた。

 手紙も電話もいつ来るか分からないから、毎日確認をしていた。


 でも、来なかった。

 そう、来る筈が無かったんだ。

 彼女はずっと眠っていたのだから。


 おれはそうとも知らず、海外に行ってから気持ちが変わったのだろうと考えた。

 また、俺は捨てられたんだと勝手に思い込んでいた。

 そうして、捨てられた事を消すために彼女との思い出まで消していたんだ。


 俺は、なんて薄情なんだろう!!

 必ず迎えに行くと言ったのに!!

 忘れないって言ったのに!


「これ、覚えている?」


「それは…」


 それは一通の手紙が入った封筒。

 俺が女子に送った唯一の手紙だ。

 裏には、当時住んでいたばあちゃんちの住所が書いてあった。


 海外から、手紙を出せるようにと自分ちの住所と電話番号を書いたんだ。

 中には便せんが入っていた。

 当時の俺が書いた、人生唯一のラブレター。


「これをね、去年見つけたの。

 久々にアルバムを見たらこれがね中に挟まっていたんだ」


「もしかして…」


「うん、ごめんね。君の事をずっと覚えていなかったの。

 だから、その時にやっと君の事を思い出したんだ」


「そうか…」


「それからすぐにお母さんに連絡したの。

 そこで君はもうこの町には居ないって知ったんだ。

 だから、代わりに君の親友君の連絡先教えて貰ったの。」


「そっか、もしかして今年同窓会が開催されたのって…」


 そこで、暫らく黙っていた親友がどや顔をして俺に言ってくる。


「俺に感謝しろよ?

 お前の為に、ここまでしてやったんだからな?

 まぁ、それを口実にみんなを集めたいって言うのもあったけどな」


「君に会いたいって言ったら、今年の夏にみんな集めるから来てくれって。

 その時までに日本に帰って来いってね」


「俺の知らない所でそんな事してたのな」


「おう、ついでにお前が振られまくって情けなくも彼女いない奴だと伝えておいたぞ」


「ばっ、お前もだろそれ」


「はっはっは、言ってろよ。

 でもさ、いつも言ってただろ?

 この子じゃないんだって。

 それはさ、こいつの事忘れられなかったからなんじゃないか?」


 忘れようとした。

 でも、忘れられなかった。

 だから、きっと夢に現れてたんだな。

 いま、ハッキリと分かった。

 俺は…。


「俺は、お前の事を忘れていた。

 いや、忘れられたのが怖くて、あの日の事を忘れようとしたんだ。

 でも、無理だったよ」


「ごめん、ごめんね」


 そっと俺の胸にしがみつき、堪えかねた涙を浮かべる彼女。

 俺の目にもうっすらと涙が浮かぶ。


 俺も彼女を強く抱きしめて、そして言った。


「もう一回、あの日からやり直そう。

 あの時は応えられなかったから、だから…」


「うん、うん。

 ありがとうね」


 こと時のこと、一生忘れないと思った。

 彼女は今までで、一番素敵な笑顔を浮かべて俺に言ったんだ。


「…私を何処かに連れて行って!」


「ああ、俺と一緒に行こう!

 だから、俺とずっと一緒に居てくれないか?」


「ふふ。うん、もちろんだよ!」


 あの時と違い、キラキラした髪色では無い。

 それにあの海のような青の浴衣でも無い。


 だけど、あの時以上にキラキラしてて、透き通ってて美しかった。


「君が大好きだよ、愛している」


「俺もだ。お前が大好きだ、愛している」


 そして、二人の唇が重なり周りから歓声と拍手が巻き起こったのだった。


 その後は凄い騒ぎになり、ほとんど結婚式の二次会のようだった。

 店のマスターまで参加して、夜明けまで続いたのだった。



 ──あれから、1年の時が経った。

 今俺は白のタキシードを着ている。

 今は一人緊張して、ある人を待っている。


 あの日から例の夢を見なくなった。

 なぜなら…。


「新婦様のご準備が整いました」


 あの日よりも綺麗なドレスを着て、あの日よりも輝いた姿で俺の目の前にいるのだから。


「どうかな?」


「もちろん、最高で綺麗だよ。

 …愛してるよ」


「もう、まだそのセリフは早いよ!

 でも、私も!

 君も最高にカッコイイね!

 愛してるよ、私のだ・ん・な様!」


 勢いよく俺の胸に飛び込んできた彼女を、しっかりと抱きとめる。

 そして、長いキスをしてから二人で会場へ向かうのだった。


「では、新郎新婦のご入場です」


 司会のアナウンスが、会場に流れる。

 それと同時に、拍手喝采となった。


「これから俺は、君とずっとずっと一緒に居るよ」


「うん、ずっと一緒に居ようね」


 二人だけの誓い。

 切ない想いは、愛しい日々へと変わる。


 二人は再び出会えたのだから。


おわり

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せつなく別れて、愛しく出会う 琥宮 千孝(くみや ちたか) @C_Kumiya

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