36話 重なるは過ちか
「何だこりゃ、倉庫じゃねえ……!? おい、ジジ、イ……? お、おい、大丈夫か?」
学長の憔悴ぶりに気づいて、掴みかかる勢いだったのをレオンは鈍らせた。ハッと部屋全体を見回す。
「ミコト、マリ! ……と? とりあえず、全員怪我はないか? 他に、誰かいないのか?」
「リオ、大丈夫だ。誰も怪我はしてないよ。そうする気もないんだ」
「? ああと、マリ……その子は? あー……ガウリっ! ガウリっ! 早く来てくれ!」
目のやり場に困ったらしいレオンは、とりあえず学長の前に膝をついて、ガウリさんが上がってくるのを待っていた。
――ガウリさんもいるんだ。
だけど私は……少し、考えることから逃げたくて、その様子を漫然と眺めながら説明することもせずに、ただカナをあやしていた。
『何か』も特に何かする風でもなく、座っている。
やがてガウリさんが上がってくると、
「え……これ、どういう」
「とりあえず上着を貸してやってくれ」
「リオのを寄越しなさい。そっちのが大きいんだから」
ちょっと慌てた感じで制服の上着を脱いで――ファスナーを喰わせるくらいには慌ててた――ガウリさんに渡した。受け取ったガウリさんは、わたしの前まで来るとしゃがみこんで、上着をカナの足下にかけてくれた。
「えっと……あなたが、マリちゃんね。そっちにいるのがミコト君。で、その……あなたが抱えてるこの子は……?」
「え、えっとその……わたしも、半信半疑なんですけど「人間だ」
何かがまた、割って入った。機は熟したというように、すっと立ち上がる。
「な「なんだって!?」
今度は、学長が。
「ミコト……!? 何を……いや、違うな。俺達を引っ張ってきたのはお前か?」
「いいぞ、レオン。話が早くて助かる。手早く話をつけよう。内線で連絡は入れたが、警備部隊でも回されるとさすがに面倒だ」
「おい、勝手に「そっちこそ勝手に喋るな。時間がもったいない。あと騒ぐな。それどころじゃなくなるだろう」
カナを指さして何かは言う。騒がしさにぐずついて、また泣き出してもおかしくはない。
「さてレオン、ガウリ。聞いた通り、俺がホムンクルスだ。予想はしてるだろうが、エアー漏れを起こした犯人も俺だ。だがな、事の発端はそこにいるお前たちの師に他ならない」
レオンとガウリさんは、学長へ目を向ける。こくり、と小さく学長は頷いた。
「――あなたが……あなたが女の子を気遣える紳士だから、敢えて聞くわ。ホムンクルスだって証拠はあるのかしら。私には、人間にしか見えない」
「まあ、そうだな。順を追って説明しよう。まずゴルドシュミット。そこのカナは人間だ。レオン、お前がミコトと呼ぶのは、人間の俺だ」
「「「?」」」
わたしとレオンとガウリさんの口から、同時に疑問符が漏れ出る。
ホムンクルス……それは錬金術の奥義であり、おとぎ話のタイトルであり……現代錬金術における、禁忌だ。
小さな人と訳されるそれは、世界中のあらゆる知識を持った人造人間と伝えられている。
それは……そう、そんなものが存在するわけがないのだ。書物に製造法は載っているけれど、誰も成功したことはない。成功していたとすれば、世界はもっと昔に、違う方へ動いていたことなんて誰にでも分かることだ。
だから、いわゆるお伽噺の類として話されることはあっても、本気で造ろうなんてはっきり言って正気の沙汰じゃないことだ。
そういう空気感を世界に広めたのが、他ならぬ学長だったのに……。
「ホムンクルスの製造法は知っているだろう? 大したことじゃない。必要なものは蒸留器と人間の精液、後は時間だ」
確か……それらを混ぜて、密閉した状態で四十日間すると、腐敗物の中から人の形をしたものができてくる、だったろうか。香草や糞を混ぜるって聞いたこともあるけど……。
「だが、レシピが判っているにもかかわらず、実際に成功したものはいない。最初の一人、パラケルススと銃鋼以外はな」
「ミコトのじいちゃんか、ジジイの友達の」
「そうだ。鋼には一人娘がいたが、お前たちが『柱』を立てた年に死んだ。
鋼はそれこそ気が触れんばかりに悲しみ……あらゆるものが空虚に思えてきた頃、家に伝わっていた書物に、ある馬鹿馬鹿しい記述があったことを思い出した。一笑に付していたそれを、鋼は縋るように読み込み、試してみることに決めたんだ。
精液ではなく娘の卵子を使えば、娘を呼び戻せるのではないか、とな」
「ちょっと待て、亡くなった娘さんから、卵子が取り出せるのか?」
「そうだな……八榊、お前は分かるだろう?」
皆の瞳が、こっちに向けられる。それより早く、記憶と疑問と答えが結びついた。
「バンク……! カナさんは冷凍バンクに卵子を預けてた……!?」
間違いない。ここに来る前目を通した契約書の注意書き。
本人死亡の場合、一親等以内の人間がその処遇を決められる……!
「上出来だ。そうして娘のホムンクルスの製造に成功した鋼だったが」
何かが言葉を切って溜めを作る。
「それをこともあろうに、ゴルドシュミットは盗んでいった。俺は、ただ取り戻しに来ただけだ。やり方はいずれにせよ、それを、お前たちは糾弾するのか?」
「――――っ! ……ジジイ、こいつの言ってることは、本当か?」
「……本当だ。ゴウの研究室で見てしまったんだ。容器に入った人型と日誌を。……僕は、その時の僕は、恐ろしかったんだと思う。僕はそれがゴウの娘さんだと直感して――!」
レオンが学長の背中を支えた。学長は浅い呼吸を繰り返しながらも、一息に吐き出す。
「壊してしまおうと思ったんだ! 錬金術は科学であって、オカルトであってはならない! だけど、それはゴウの子供で、死んだ娘さんで! ……最初こそ僕は、それはホムンクルスだと言い聞かせていた。だけど、日に日に成長していくんだ……。やがて、予想をはるかに超えて大きくなり、ゴウの見せてくれた写真に似始めたころ……ほうっておけばよかったんだ……! 娘に会いたいって願うことが、罪なはずがないじゃないか……!」
ぼろぼろと学長は涙を流した。レオンとガウリさんは……わたしにはそれがどんな気持ちなのか、汲み取れようもない……。ただ、悲しいのは分かる。
「お前は容器を抱えて持ち帰るという選択をした。……俺から見て、お前は相当に賢明な人間だ。だが、そんな人間でも、理に適わない行動をとることがある。……度し難いよ、お前らは」
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