37話 連なるは星と記憶
「……っ、お前は! たった今、その子が人間って言ったじゃねえか! だいたい、てめえは一体何なんだ。ホムンクルスが……ホムンクルスが外に出られるわけがねえだろう!」
「ふっ、ふぇっ……」
「あ、恐くない。恐くないよ~。ね~。びっくりしちゃったね~」
ぐずり始めたカナを、率先してガウリさんはあやしてくれた。レオンはバツが悪そうに、
「悪い……」
「リオ、彼を責めないでやってくれ。彼も僕が作り出したようなものなんだ」
「え……?」
「どういうことだ? これ以上何があんだよ?」
「僕も、鋼から連絡を貰って、初めて知ったんだ……この十年あまり、恐ろしくてゴウとは一切関わっていなかったから、調べて……本当に、参ったよ……娘さんだけじゃなかったんだ。その当時娘さんは身ごもっていて……だから、車の運転は旦那さんがしていたんだと思う。ゴウへ妊娠の報告をしに、慣れない山道で運転を誤って……三人とも……」
「そんな……!」
抑えきれなかった。
「誰も、誰も悪くなかったんじゃないですか……! なのに、なんで!」
「そうだ。拗らせたのは、全て僕が原因なんだ……ミコト君と呼ぶのが正しいのかは分からないが……君は、カナさんの旦那さんのホムンクルスなんだろう?」
「何ぃ!?」「ええっ!?」「え……!?」
三者三様の驚きを、何か……ううん、なんて表現すればいいのか……旦那さんは、ただ首を縦に振って肯定した。
「その話題は……まあ、十分だろう。次、最後だ。そのカナは人間だという根拠。これは俺にとっても予測ではあるが……。本来生命は精子と卵子二つそろって一つだ。だが、俺達は片方だけで製造された。そこでだ、八榊。二つで一つの物が半分なら、ホムンクルスはなんだろうな?」
いきなり話を振られて面食らったけれど、わたしはそれに応えたかった。
遺伝子は親の物を半分ずつ受け継ぐ。それが半分、片方……片方?
「……少なくとも半分は人間ってこと?」
言葉になったひらめきを自分で耳にしてから、わたしはそれがしっくりくる答えであることを実感する。
そうだ。これはそんなに難しい話じゃない。もっと単純で、感覚的な話なんだと思う。
――だって、わたしには旦那さんのもう〝半分〟と過ごした記憶があるのだから。
「俺の予想では、そうだ」気のせいじゃないのなら、何かは優し気にそういった。
「でも、だとしても、ホムンクルスは密閉空間から出た時点で死んでしまうんじゃないの? どうして、平気でいられるの?」
少なくとも伝わっているところではそうだ。ホムンクルスという存在は古い絵図を元にして今日のフィクションに至るまで、大抵小さなガラス容器に閉じ込められた、木の根の如く小さな人型として表されている。
そして、密閉空間でしか生きられないからこそ、この世の全てを識っているのだとも。
「お前、ここをどこだと思ってる?」
「……そうか、そういうことか! だから、フラスコに穴を開けたんだな! その子を、目覚めさせるために!」
学長が目を見開いて叫んだ。
「おいちょっと待て、穴を開けたってどういうことだよ。まさか、エアー漏れってのは」
「……旦那さんが外壁まで穴を開けて、空気を出しちゃったんです」
「穴!? どうやって!?」
「こうやってだ」
ぐにゃり、と大きく部屋の壁が歪む。
「これを細く伸ばして中心へ持って行けば、駆動部に負担をかけずに穴を開けられる」
「……ホムン、クルス」
レオンが何か……ああ、えっと……旦那さんからぐらぐら二、三歩後ずさりした。
「リオ、安心しなさい。その子は僕達に危害を加えるつもりはないよ」
学長は幼い子を諭すように優しい口調になると、レオンの腕を借りて起き上がる。
「外に出すなんて……思いもよらなかったよ。君たちは密閉空間の外では人間なんだな」
「あっ……そういうこと!」
あの暗いドームで聞いた、ミコトの声。
夜を照らすいくつもの星が星座になるように、情報が繋がっていく。
「お、おいおい、勝手に納得してねえで説明してくれよ」
「あなたたち」
どすの利いた声が目と鼻の先でして、心臓と体が跳ねた。
「ちょ~っと声のトーン抑えめにして。じゃないと……」
ガウリさんがカナの頭を撫でる。もう一度振り返って、
「ね」
取りあえず、これ以上ないくらいその場は落ち着いた。
「ええとだな、そのカナちゃんはホムンクルスにもかかわらず、容器の中で人間のように成長していった。だけど目を覚ましたことは一度もなかった。だが宇宙。外部空間に出されたことで初めて覚醒した。人間として生まれたんだ。だから、体は成長しているけど赤ん坊なんだ」
「外に出ると死ぬんじゃなく、ホムンクルスとしての人格が眠るってことか? でも、だからどうして外を……そうか、フラスコ全体が……宇宙に人間のいる場所ほとんどが密閉空間か!」
そう、軌道エレベーターも、たぶん……シャトルも。
「やっとか……そういうことだ。そして一度目覚めてしまえば、密閉空間に戻っても人間として生きられる。……そのために俺はここへ来た」
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