21話 流れるがまま
「顔が赤いぜ、マリ」
真っ赤な頭をした奴が、にやにやしてる。まだヘルメットはかぶってるけど。
「ムーンフェイスです」
頭がぼうっとしているから、実際にそうかもしれない。まあ、どっちだっていいことだ。
返しで察したのか、レオンの顔から笑みが消える。
「もうすぐ無重力も終わりだ。辛抱しな」
ポップコーンにならない程度の太さの通路も、終わりが見えた。気密扉だ。
全員がその前に到達すると、それが自動的に開け放たれる。
その先にあった光景は、またあまり高くない天井が続く一直線の通路で、向うの端に似たような扉が、が、が……? 来た。消えた。また、来た。
向うの壁に張り付いた扉は――扉の可能性が高いものは――ディスクの表面の印刷物みたいにぐるぐると回転していた。
「まずゆっくりでいいので床に足をつけてください。磁力でくっつきますから」
おっかなびっくり皆は踏み込む。そこは地球じゃありえない圧倒的に奇妙な通路だった。
「学長は時々これで洗濯物を脱水するんだ」
突拍子もなくレオンがジョークを言うもんだから、噴き出してしまった。
レオンの言う洗濯物は言い得て妙で、確かにこれはドラム式洗濯機を巨大にしたようなものだ。わたし達がいる先の床にはもう、平らな部分はない。ここは筒状の通路なのだ。
筒の内側に沿ってリング状に一周する床は、回転寿司みたいにベルトコンベアで動いている。レーンは奥に向かって何回か区切られていて、あっちの扉に近づくほどコンベアのスピードが上がっているようだった。
天井だと思っていたものは巨大な円柱らしく、こちらと向うの壁でつながっている。
「上の奴は貨物用通路だ。回転の中心は無重力だからな」
「皆さん、向うに行けば行くほど回転が速くなりますが、相対速度の関係で体感的には一定の差しか感じません。それよりも重力に慣れていってください」
アカデミーは魔法瓶みたいな構造になっている。外の厚い装甲の中にもう一つ入れ物を作って、重力を生み出すために回転させているのだ。
ここ単体なら洗濯機って表現するのが相応しいかもしれないけど、アカデミー全体で見るならここはペットボトルの口で、上の通路はど真ん中に突っ込まれたストローだろうか。
レオンが率先してコンベアに足を踏み入れた。ただでさえ動きづらいだろうに、足場が回っているにもかかわらず、ぽんぽんと四列目のコンベアまで進む。そこでピタリと止まって――横向きに流れているんだけど――こちらへ振り返った。
そのままレオンは、流れるまま直立不動で横向きになる。
真ん中の円筒の陰に消えて、反対側から横向きになって出てきて……脱水された洗濯物が、遠心力でドラムに張り付いてるのと原理は同じなんだけど、なんていうか、脳が拒否したがってる。酔いそう。
二周目に突入したレオンは上側に行っている間に、また進み始める。誰かがアカデミーの人にアイコンタクトをとると、アカデミーの人は手をコンベアの方に差し出し、促した。
誰だか分からない後ろ姿が一人、踏み込んだ。それを皮切りに次々他の人も載っていく。
「っていうか、あの、ミコト、降ろして」
「えっ、あっ、ごめん」
「そんなにお荷物になる気はないんだからね……ふう……ここまで、ありがと」
「どういたしまして」
「……うん、ありがとね」
安全面を考えてまだ宇宙服なんだろうけど、ここではヘルメットがあって助かった。左右が下手に見えないおかげで、酔いそうな情報を入れないで済む。
前を行く人にぶつからないよう、最低限左右確認をして進んでいく。先へ進めば進むほど、体が重さを、いっそ体そのものを取り戻した様な感覚を、重力がもたらしてくれた。
最後のレーンに足を踏み入れる。扉から九十度くらいずれた位置で、他の人たちが壁に立っているみたいに見えた。小走りで行く。ミコトは最後まで横についていてくれた。
「えー、それでは皆さん、この扉の先で荷物を受け取ったら、更衣室で宇宙服を脱いでいただきます。その後の予定はガイダンス通り施設見学と――――――――」
説明の声が、ずいぶん遠くに聞こえる。
ああ、着いた。
着いてしまった。
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