22話 地を、這う

「はぁーあーあ…………終わった終わった」

 晩メシを終えた皆を見送って、遅れて食堂を出る。疲労感で澱んだ体を軽くほぐすと、盛大にため息が出た。


 いつもと違う時間にメシを食うと、どうも調子が狂う。常勤と時間をずらしてんだから、当然だが。


 報告は……まあ、急ぎじゃねえだろ。


 こんな時はさっさと休むに限る。もう一つ小さく息を吐くと、俺は髪を撫でつけて自室へ重い一歩を踏み出した。


 朝時間なら居住エリアの食堂だが、昼夜は講義室と研究室のある一つ上の層に切り替わる。そうしないと、どんなに時間をずらそうがエレベーターがパンクするからだ。


 今はエレベーターまで歩くのも億劫だってのに……運動不足か。


 マリたちとは逆方向の、自分の部屋に近い方のエレベーターへ体を引きずっていく。横目で講義室を覗くと、ジジイより少し若いくらいのローレン先生が活き活きと授業を進めていた。

「元気だなぁ、ホント」


 俺は……。


 軽く頭を振って、止めていた足をまた動かす。

 アカデミー発足前――『柱』以前の人材は、講師もパイロットもジジイが各地から引っ張ってきた。

 錬金術師はともかく、そりゃ、現役の宇宙飛行士を引き抜けるわけがない。大半がリタイア決めた老人どもで……ガキだった俺達はずいぶん可愛がられた。


 そんな老人ホームじみた環境で過ごして思ったが、年寄りってのは集まるとやたらと喧嘩したがりやがる。特にパイロットって人種がそうだ。血の気が多すぎるんだ、奴らは。


 おまけに、せっかちだ。アカデミーができるまでに、待てない奴も、いた。


 俺達に炭素繊維を投げてよこしたスペースカウボーイ……トニー爺さんは、星になった。比喩じゃない。流星葬で地球へ一足お先……還りやがった。。

 まあ、あの爺さんのことだ、あの世の入り口で俺達をぶち殺そうと待ってるに違いない。


 とろとろと歩いて、十字路に差しかかる。横に折れて環状通路に入ると、すぐにエレベーターホールだ。銀の扉が、無機質に並んでいる。


 表示を見ると、三台ある内の一台が中心から下がってきていた。今の時間なら、この層に止まるかもしれない。俺はボタンを押す手間さえ惜しんで、待った。

 数秒後、予想通りこの層に止まり、横に退いて軽いあいさつでやり過ごそうと準備する。


 扉が開いて……一瞬、時間が止まった。お互い逡巡して、ようやく出てきた言葉は、

「……よ、よお」

「……ああ」

 特に、意味はなかった。何の意味も、持ってはいなかった。


 伏目で足元を確認しながら、そいつはエレベーターから歩み出ると、横目で俺を睨み上げるような視線を寄越して、

「……乗るんじゃないのか?」

「えっあー、いや、その、シュヴァルツ、えー……ああそうだ! 丁度聞こうと思ってたんだ!ガウリはもう帰ってきてんだよな?」


 横で銀の扉が閉じた。金髪のシュヴァルツが怪訝そうに口を開く。

「お前……リオ、下りてたのか? よく考えるとしばらく見なかったな」

 何でばれたのかと思ったが、そういや私服だった。


「ああ、ちょっとジジイの用事をな。日本に行ってとんぼ返りだ」

「先生の……? お前に?」


「何か悪いか?」

「……いや。ガウリなら、帰ってきてる」


「そうか。いや~こういう時期だけだからな、四人全員揃うの」

「お前、あまりそういうこと口に出すな。創始者を特別視するような発言は、いらない不興を買うぞ。先生の目指す錬金術は開かれたもので、その為のアカデミーだ」


「あー……そうだな、うん、悪ぃ悪ぃ」

「まあ、いい。この時期……先生の用事というのは、もしや入学者に関する……?」

 そこ……聞くか。単純な興味からくる質問だろうが、俺には詰問に感じられた。


「ん~、お前には言ってもいいんだろうが……まあ、そうだ。日本からは二人になった。どっちも見込みはあるな」

「当たり前だ。何のための試験と……そうか」


 片方は通っていない、そこに気づかないシュヴァルツじゃあない。眉根を寄せて、

「……先生のことだ。そうそう何度もあることでは、ないはずだ……」

 後半はもごもごと、苦虫を噛み潰した顔で自分に言い聞かせていた。


 空気感に堪えられなくなった俺は、今しがたの話題を探して、

「まあ、それで俺も一緒に帰ってきたわけだ。んで、さっきまで観光案内やってて、あれだ、キ……」


 ――やっべ。


「キ……? お前、まさか!?」

 シュヴァルツが色をなして俺の胸倉を掴む。


「いや! 違う! 俺だってそこまで馬鹿じゃない!」

「そうでもあっちは見せたんだな!?」

 今度は、本当に詰問になっちまった。


「ああ……うん、まあ、そう遠くないうちに実用化されるもんだから、サービスしたくてな」

「…………っ!」

 掴んでいた胸倉を投げうつように、俺は解放された。だが青い瞳は睨め上げ続ける。


「今は、世界に広く錬金術を浸透させる大事な時期だ。……あれはまだ刺激が強すぎる。来たての人間の帰属意識などたかが知れているんだ。例え内部の人間だとしても、それを漏らさない危険が無いとは言い切れない。心境の変化だってある」

 そこまで言うと、シュヴァルツは目を伏せて体ごと向きを変えた。


「悪かっ「僕が黒なのは構わないが……」俺の言葉を遮って、背中越しに「お前が赤だというなら、それなりの行いをするんだな」

 そう吐き捨てるように言うと、シュヴァルツは去っていった。


 シュヴァルツは研究主任だ。今回、研究成果を勝手に曝したのも、まずかっただろう。

 ガウリは、宣伝係。と言っても、学長の代行もこなす、実質のナンバーツー。


 俺は……俺が、下に降りる役目を言い渡されたのは、結構ショックだった。


 エレベーターのボタンを押す。


――俺の代わりは、いくらでもいる。


 扉はすぐに開いた。乗り込む。


 それでも、ミコトとマリは本当に良い奴らだった。あの頃を、思い出しちまって……。


 下のボタンを、押した。


「世界を救うのは、俺じゃねえ……」


 扉が閉まり、籠は下へ、下へ。

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