5話 地に、足つけて

(ジジイ……ジジイも歳だからな……)


 ああいう風に頼みごとをしてくるゴルドシュミットを、リオは知らなかった。


(出会ったころから年寄りのくせして……殺しても死にそうにねぇ位元気なくせによ)


 廊下を歩く足が止まる。柄にもなく、下を向いて考えていた。


「レオン先生、どうかなさったんですか?」


 背中から声をかけられてリオは振り向く。アメリカ系黒人でエンジニアの、ドミニクだった。年齢は三十代半ば、リオよりも上だ。


 ここに在籍するエンジニアは二種類。技術者専用の枠で採用がある。錬金術師と共同で研究開発をする者と、錬金術を学びに来る者。ドミニクは後者だった。


「ああ、いえ何でもないんです。あー……近々日本に、いや日本のナリタ空港まで行くんですけど、ドミニクさん何かいいお土産知りません?」


「残念ながらニッポンのミヤゲはよく……私は、食べられるものがいいですねえ」

 膨らんだ腹をドミニクが叩いて笑う。


「あー、ナリタまでというのは休暇でなく?」


「ちょっと野暮用で……あ、輸送費は経費で落とせる! へへっ、ま、生徒の分位は許してもらえるでしょう。……んじゃあ、俺はこれで。あ、他の人には内緒で、ヘマしたら悪いんで」


「はいはい、でも私は期待してますからね」


 笑顔でドミニクと別れた。作った笑顔だ。リオは、間もなく表情を曇らせる。


「あんま考えんのも、俺の性に合わねえな……切り替えねえと」


 顔を上げる。『先生』と呼ばれる立場であるからには、それなりの態度と威厳を保たねばならないことを、リオは理解していた。


(新しい生徒が来るんだから、それは祝わないとな。しかし……日本から二人か)


「……いつだ?」はたと、リオは再び足を止める。


 件の子供は、錬金術の基礎はもう習得しているという。それを教えた者がゴルドシュミットの友人だ。エレベーター完成前ということは、錬金術が公になる前という事。なら、その人物に手ほどきをしたのは? いつ、どのタイミングであの島国に錬金術が渡った?


(……ちょっと興味出てきたぜ)


 リオは歩き出す。その口元には薄いが、心からの笑いがあった。


「わざわざ降りる甲斐があるかもな!」

――ここは地球の軌道上。宇宙に浮かぶ錬金術師の城、通称『フラスコ』。

 

リオは『フラスコ』の中で、快哉を上げた。

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