1章 炉辺の哲学者より
4話 凶兆
『柱』事件から十六年。錬金術は一般に認知されるも、その技術の恩恵は未だ大衆の目に見える範囲にはほとんど降りてきてはいなかった。
それは交渉の結果、まず国家レベルの宇宙事業に耐えうる素材の研究、開発に協力することを条件に、あらゆる国家から独立した研究機関の発足を確約させたことが一つ。
研究機関で国の注文と並行して、錬金術を教えることができる教師の育成。それにゴルドシュミットが時間をたっぷりと割いていることが一つ。
そもそも研究機関の『ハコ』を造るまで、それなりの時間を要したことが一つ。
そして、ささいながらもう一つの理由として挙げられるのは、その施設が――
「はぁ? 迎え? つーかそれ問題じゃねえの、ジジイのコネってことだろ」
「うんまあ、そうなんだけれど。もう先が長くないって話でね……『自分の技術はすべて仕込んだから頼む』って、そう言われると断れないかなって。向うのエレベーターが建つ前に、僕人材集めをしたじゃない。その時出会って、それ以来なかなか連絡取れなかったんだけど」
椅子に座ったゴルドシュミットは、沈痛な面持ちで机に両肘をつき顔の前で手を組んだ。
「んー……いや、だいたいそれは俺じゃなくてもいいんじゃないのか。手すきの人だって、それこそ人事部の人間に「リオ」
ゴルドシュミットが、リオと呼んだ人間をじっと見つめた。髪を炎のように真っ赤に染めた青年が瞳に映る。割り込まれて面食らったリオは、見つめられて困ったような顔をしていた。
「リオ、確かに君である必要はない。けど、君たち三人のうちの誰かであってほしいんだ」
「…………ジジイがそこまで言うなら、断れねえよ」
「ありがとう、二週間後にナリタだ。パーソナルデータは直前に渡すよ」
「待て、日本からはそもそも一人いなかったか? 片っぽだけってのも具合が悪いだろ?」
「あー、じゃあそっちの子も頼むよ。人事にはこっちから通しておくから、同じ飛行機で」
「まったく自分の都合で振り回すなっての……他に用が無いなら俺はもう行くぜ」
「リオ先生も気が利くようになったね」
部屋を後にしようとしたリオは、余計な一言に苦虫を噛み潰した顔で、ゴルドシュミットを振り返る。だが、何も言うことなく部屋を辞した。
一人になったゴルドシュミットは、背もたれに体を預ける。ふう、と息を吐いて天井の照明を見つめて、考えを巡らせた。やがて、自嘲めいた笑いを浮かべて、言葉を漏らす。
「僕はもう長くない。だけど、ゴウ。その子は……僕を殺しに来るのかな?」
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