3話 老人達と宇宙(しょうねんたちとそら)

「おっ!? お、おお?」「なんだ?」「黒い、柱?」「海に柱……いや、まさか」


 ざわ、と議場の空気が張り詰めた。合成だろうと呟く声。だが、そんな考えは誰しもの頭にあった。馬鹿げたことだと。それでも、映像から目を離す者はなかった。

 

 海を、おそらく相当な遠距離から撮影した映像。水平線と青い空がそれぞれ半分ずつ占有し合った画面の空側に向かって、水平線から黒い帯が現れた。空を真ん中から、二分割していく。

 

 それはあたかも植物の芽が成長するさまを早送りにしているようで……しかし映像の距離から考えると、それが恐ろしいまでの速度で、大きさで、成長していることが分かる。

 

 画面から柱が出ていこうかというところで、前触れなく映像は大きく空を見上げ始めた。柱の先端へ。それを超えて、もっと上へ。空を見上げる。

 

 画面の真ん中に、赤く燃える流星が映された。否、流れているのではない。墜ちている。あの柱を目指していると、その場の全員が直感した。


「ミ、ミサイルか?」「…………いや、違う。見ろ! 尾を引いている。まさか……やはり!」

 

 画像がさらに引く。墜ちる星と柱の先端、両方が映った。近づいてゆく。


……接触する!


 反射的に目を瞑る者、手で遮る者がいた。爆発すると思ったからだ。だが、杞憂だった。


「?」「あ、あの何かありましたか?」「い、いえ、何も」「後ろ側に行ったか?」「…………あれは、筒だ」


 誰かが呟いた『筒』という言葉の意味するところを、全員が無言のまま理解した。

 

 その後、映像はただ伸び続ける『筒』を映し続けた。いくばくかの時間がたち、その先端が空の彼方へ消えたところで、画面が暗転する。残ったのは闃とした沈黙と、ポカンとした顔だ。

 

 そんな中いち早く正気づいたのは、やはりアメリカ大統領だった。怒りもあらわに、こんな下らない合成映像を見せに来た老人へ振り返る。


「ミスターゴルドシュミッ……!?」


 そこに、先ほどまでの老人はいなかった。その老人は、老いていなかった。


「いやあ、慣れない姿勢は疲れますな」


 腰からくの字に折りたたまれていた体は、堂々たる佇まいで真っ直ぐに立ち、


「これも、頭が重いと調子が出ません」


 伸び放題の白髪は短くそろえられ、長かった髭は灰色になり顎で綺麗に整えられている。


「大統領、おっしゃりたい事は分かります。ですが、私が答えても説得力がないでしょう」


 なにより、眼だった。露わになったそれは、深い知性が宿っている。しかしそれ以上に、その眼は、その輝きは、希望に燃える青年の眼だった。


 ゴルドシュミットが楽し気に言い終わるのとタイミングを同じくして、各国首脳は装着したインカムにそれぞれの国の言語で、かなり慌てた通信を受ける。


「何、無事か?」「通信が? 途絶していた?」「こちらは……確かに混乱していますが。危害があるわけではありません。今のところは」「え、何? 何……!?」


「「「「「「「「「「柱!?」」」」」」」」」」


 再び、沈黙が訪れた。誰ともなく、ゴルドシュミットに視線を向ける。答えを求めて。


「ニュースでやってるんじゃないかなあ」


 若い老人が言うや、スクリーンに報道番組が映った。


『……太平洋上、赤道付近の島に突如現れた柱は、宇宙へ届いているという情報も……』


「お詫びというのは」報道に食い入っていた面々は、ゴルドシュミットへ顔をぎこちなく向けた。恐怖、驚愕、あるいは考えることを放棄した引きつった表情で。


「事後承諾になってしまったことでして。それともう一つ、お知らせがあります」


「ミ……ミスター……あなたは、魔法使いか? それとも宇宙からの侵略者か?」


 ふふ、とゴルドシュミットがかみ殺した笑いを漏らした。不意に、持っていた杖を中ほどに持ち替え、掌に載せて差し出すように上げる。そこで、杖が両端から縮み始めた。


「この世に魔法が存在するは分かりませんが」


 声にならない驚きを一心に受けながら、杖は掌の上で拳ほどの黒い球体へと形を変えた。それを握って、今度は掌を下へ向ける。球からその直径と同じ太さの、『柱』が伸び始めた。ほどなくして、床に着く。それを手で持ち上げ、皆の目線に水平にすると、それは『筒』だった。


「今日この時から人類には、科学と……錬金術が存在するのです」

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