第1話 雪女からのお礼

 翌日の放課後。今日も図書委員の仕事、とはいっても放課後に誰も図書室には来ない。今日出された宿題をこなしていると、傘を返しに来たのだろう、桧山がやってきた。

「青山君。昨日は傘を貸してくれてありがとう。おかげで濡れずに済んだわ」

 人によっては多少崩れた状態で借りた傘を丸めて返すこともあるだろうが、俺に返された折り畳み傘は桧山の性格を表すようにピシッときれいに丸めてあった。


「そうか。濡れずに済んだのならば貸した甲斐があるというものだ」

「それで、土曜日の昼の予定は空いているかしら?」

「ああ、空いているが……何か用か?」

「じゃあ予定を空けておいてちょうだい、昼食をご馳走するわ」


 どうやら彼女は昨日言った借りというものを本当に返すつもりらしい。

「別に礼が欲しいと思って傘を貸したわけではない。よく言うだろ、困ったときはお互い様だって」

「昨日『私の借り』って言ったわ。だからこのまま借りを返さないだなんて有り得ないわ」


 正直言って面倒くさいなと思った。だが、こういう面倒くさいほど律儀な性格が、桧山の特徴なのかもしれない。

「お礼をしてくれるということは分かった。だが、休日を使って昼飯をおごられるくらいの貸しであったようには思えないのだが」


 そう、俺がしたのは傘を貸したということだけ。べつに傘をプレゼントしたわけでもましてや壊されたわけでもないのだ。

「いえ、あのまま帰っていたら風邪をひいていたかもしれないし、とても大きな恩を感じているの。だからおとなしくご馳走されてもらえると嬉しいのだけれども」


 どうやら桧山はまるで昨日の俺のようになぜか強情になって、俺がご馳走になると言うまでひくつもりはないようだ。

「分かった。そこまで言うなら昼飯をいただこう」

 昨日は桧山が根気負け、今日は俺の根気負けである。


「じゃあ、11時半に色川駅前で待ち合わせで」

「分かった」

「ああ、それと」

 桧山はカバンからメモ帳のようなものを取り出しそれに何かを書き始める。

「これ私の連絡先。遅れるときは必ず連絡してちょうだい」

 俺に連絡先の書いたメモ帳をちぎって渡すと、さっさと図書室から出て行ってしまった。


 それにしても休日にクラスメイトと会う約束をするのは本当に久しぶりだ。それに女子から連絡先をもらったことも初めてだ。

「まさか、あの『雪女』さまと週末に会う約束をするなんてな」

 休日に人と―――それもクラスの高嶺の花と会うという予定があることに、いつもとは違った心持ちで待ち合わせの日まで過ごすのだった。

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