第三夜

「さて、鍋から生まれたゆで太郎は、元気に大きく育ちましたか?」


 妻は『夕飯の後片付けをしてから私も行くわ。始めておいて良いわよ』と言うので、息子と私は先に息子の部屋で話を進めることにした。


「そだちましたっ・・・っていうか、おとうさん、ゆで太郎で、ほんとに良いの?」


「さぁ、どうだろう?でも、良いんじゃないかな。だって新しいお話なんだから」


「そうだね、新しいんだもんね」


「じゃ、始めるよ。ある日、大きくなったゆで太郎は、おじいさんとおばあさんに言いました、か?」


「言いましたっ」


「・・・何と言いましたか?」


「???・・・」


 息子の頭の中で『?』マークがぐるぐる回っているのが手に取るように分かる。


「さぁ、何と言ったかな?」


「えー、分かんないよぉ」


「じゃあ、お話終わっちゃうよ」


「えー、ずるいよ、おとうさん・・・ちょっとまって、おかあさんを呼んでくるっ」


 息子は布団から跳ね起きて、部屋から走って飛び出すと「おかあさん、早く、早く」と、妻の手を引いて連れてきた。


「はいはい、どうしたの?」


「おかあさんが考えて」


「何を考えるの?」


「だっておはなしが終わっちゃうんだ」


「終わっちゃダメなの?」


「おとうさんが、ずるいこと言うんだもん」


「お母さんもまだお片付け終わってないんだけどなぁ」


「ダメダメ、早くしないと終わっちゃうから」


 大概の場合そうだが、子供と大人の会話はかみ合わない。


「あなた、いじわるしてるの?」


「ずるいとか意地悪とか、二人とも酷いこと言うなぁ。仕方ないじゃないか。新しい昔話なんだから、新しいことを考えないといけないんだよ」


 私の答えも大概適当になって来た。


「それで、私は何を考えれば良いのかしら?」


 息子が答える。


「ゆで太郎がなんて言ったか、だよ」


「マサキ、ちょっと待って。いきなりそんなこと言われても、話が分からないわよ」


 息子が、「そっか」という顔をして、「だからぁ・・・」と説明し出したのを私が遮って言う。


「いや、分からないまま、何て言ったか、考えてごらんよ。新しいことが起こるかもしれない」


「そおねぇ、じゃあ、こんなのはどうかしら。ゆで太郎は『美味しい天ぷらそばが食べたい』と言いました」


「僕も食べたいっ」


「俺も食べたいっ」


「私も食べたいっ」


 3人で交互に顔を見合わせてゲラゲラ笑い出した。


「じゃあ、明日は俺も仕事休みだから、ゆで太郎に天ぷら蕎麦を食べに行こうか。あ、そう言えば、マサキ、ジョナサンにエビフライ食べに行くって言ってたけど、エビの天ぷらで良いかい?」


「うん、いいよいいよ、天ぷらで」


 嬉しそうに息子が頷く。


「なに?エビフライって?」


 妻は少し訝し気に私に訊いてきたが、そこはスルーした。いや、別にもこみちに嫉妬していない。


「じゃあ、明日は朝一でゆで太郎に決定。確か7時オープンだから、6時半に家を出よう」


 私がそう言うと、妻は不満げに意義を申し立てた。


「私はお洗濯とかもしなくちゃなんだけど・・・」


「それじゃあ、明日は皆、朝5時起床で、おかあさんのお手伝いをして、洗濯終わらせてから出掛けよう。ね、そうしよう、マサキ」


「うん、お手伝いするよっ」


「わかったわ。じゃあ、マサキもあなたもちゃんとお手伝いしてね。明日早いんだったら、もう寝なくちゃじゃない?」


「えー、でもお話は?」


 今度は息子がクレームを申告だ。


「よし、今日はこの先、お父さんがお話してあげよう」


 既に話は昔話でも何でもなくなっていて、荒唐無稽の意味不明。とッ散らかり過ぎて無茶苦茶だ。、しかもその先は何も考えていないのだけれど。


「大きくなったゆで太郎は、おじいさんとおばあさんに言いました。


『明日の朝、美味しい天ぷらそばを食べに行きたいと思います』


 すると、おじいさんとおばあさんも言いました。


『わし等も美味しいおそばを食べに行くことにしよう』


 3人は翌朝、おそばを食べに行くことにしました。


 翌朝、ゆで太郎とおばあさんとおじいさんが早起きして洗濯をしていると、何やら玄関からピンポーンと、呼び鈴が鳴りました。


 おばあさんが『こんな早くに何だろう?』と慌てて玄関に行ってみると、そこには何と、大きな桃がコロンっと転がっていました・・・」


「え?ぼくがゆで太郎で、おとうさんとおかあさんが、おじいさんとおばあさんってこと?」


「え?私はおばあちゃんってこと?」


 息子は面白がっているが、『おばあさん』にされてしまった妻は、少し不満そうだ。


「え?食いつくの、そこ?玄関に桃が転がってるんだよ、しかも朝っぱらに、コロンって・・・気持ち悪くないかい?(笑)」


 息子は再びゲラゲラ笑い始める。


「そう言えばそうよねぇ。気持ち悪い。」


「おかあさんは・・・間違えた、おばあさんは『なに、これ、気持ち悪ぅ』と言うと、その大きな桃を思いっきり蹴っ飛ばしました。


 すると、大きな桃から『痛てっ、何すんだよ』と声がしました。


 おばあさんはびっくりして『キャー』と叫び声をあげて、おとうさんに・・・あ、また間違えた。おじいさんに助けを求めました。


『どうしたんじゃ?』


 助けを求められたおじいさんがおばあさんに尋ねると、おばあさんは『桃が・・・桃が・・・あわわわわ・・・喋ったのよぉー』と絶叫しました。


 おじいさんは『ゆで太郎、収納から大きな包丁を持って来ておくれ』と言って、自分は急いで玄関に向かいました。


 ゆで太郎も慌てて収納から大きな包丁を取り出すと、一目散に玄関に走りました。


『はい、おじいさん、包丁持ってきました』


 そう言って、ゆで太郎がおじいさんに大きな包丁を手渡すと、おじいさんは、大きな包丁を振り上げて・・・」


「やめてぇっ、二人とも!」


 リアルの妻が絶叫し(笑いながらだけれど)、息子は身もだえが止まらない。


 ニヤニヤしながら、私は言う。


「今日はここまで。明日早いから、もう寝よう」



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