第5話 卒アル・センチメンタル

 小説を書き進めていて、ふと手が止まる。

 窓の外をながめると、どんよりとした灰色の雲が見える。


 今回の新人賞。書くテーマは『恋愛』。


「……ハア~」


 胸の辺りが苦しくて、息を吐き出す。

 パソコンには文字の羅列られつ


 しかしその何処にも僕の気持ちは、感情は無い。どこか俯瞰ふかん的な文章。退屈な内容。


 物語の佳境かきょう、告白シーンすら薄っぺらい。


「ッァァ~」


 座っていた場所から、床へと寝転がる。

 視線が自然と本棚へ移る。


 行き詰まった時の道しるべは、好きな本達だった。でも僕の好きな小説は決まって何処か陰鬱いんうつで、綿貫が教えてくれた青空のような内容では無かった。


 暗い小説も好きだ。でも、出来ることなら明るい物語を。


「誰かの希望になるような物語……」


 そんな小説が書きたい。

 窓の外から雨音が聞こえ始める。

 

 本棚の端、ふと目につく高校の卒業アルバム。

 手に取り、開いてみる。


「はは」


 数年前の綿貫がいた。

 まだあどけなく、儚げだった頃の姿。


 僕自身はというと、如何いかにも無愛想な表情。

 無数の傷に、よどんだ瞳。


「……チッ」


 頭の痛みを伴って、思い出すのは暗い日々。


 あの日も確か雨だった。

 綿貫が下校している時。


 坂道で自転車を押しているところを狙われ、襲われた。幸いにして、抵抗しているうちに通行人が通報。犯人は逃走したそう。


 その日の夜、彼女からの通話で。


『ゴメン。明日休む。CD返せない』


 泣きそうな声。早口に言うのは嗚咽おえつを隠して居たからだと翌日になって事件のことを聞き、知ったのだ。


 初めて事件のことを聞いた時。

 気付く教室を飛び出していた。


 特に強くも速くもない僕の身体では、彼女の家の前へと着く頃にはすっかり息を切らしてしまっていた。


 スマホを取り出し、綿貫にかける。

 しばらくして彼女が出ると、


「CD返さなくて良い」


 借していたCDは、力強い歌声と吐き捨て書き殴ったかのような歌詞が魅力のアーティスト。少しでも彼女の救いになればと。


「僕、僕は!」


 今思えば、訳の分からない一方的で支離滅裂な宣言。


「警察官になる」


 この時、僕は泣いていた。

 自身の無力と彼女を傷つけた人間へのにくしみで。


「君が安心して、過ごせるようにする!」


 自分が描いた夢は他にある。

 でも、その全てを放り出しても良い。


「君に笑っていて欲しいんだ……」


 彼女の輝かしい道行きを、邪魔などさせてやるものか。享受きょうじゅされるべき幸せを害そうとする者。その一切を僕が排除しよう。


 でも君は、ただ一言。


「……明日、一緒に帰ろう」


 無力な自分が、大切な時に何もしてやれなかったことが悔しい。君がくれた夢の光を憎悪の黒が塗りつぶして。


「行きも一緒でも良いかい?」


 言葉とは裏腹うらはらに、僕の表情は酷くゆがんでいた。



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