第3話 心配性なアルカホリック

「んぁ~、帰りたい」


 今、僕は綿貫のバンドの打ち上げに付いて来ている。準備を少し手伝っていたため、呼ばれたのである。THE陽キャな彼女以外のバンドメンバーは少し苦手だった。


「よう、飲んでる~?」


 ハイトーンボイスの女性が肩に手を回してくる。

 距離が近いなぁ~。


「うす、美紀みきさん」


 高家美紀こうけみき綿貫わたぬきの所属するバンドのギターボーカルの人であり、僕のゼミの先輩でもある。


「今日はどうせ紗菜さなが心配で来たんだろ~。このこのっ」


 先程からこの酔っ払いに絡まれている。

 綿貫は隣でグラス片手にむくれてる。


「ありゃ。ごめん紗菜~」


 先輩は綿貫に頬ずりするために離れた。

 今のうちと席から離れ、カウンターへ行く。

 打ち上げはバーに来てるため、いつもみたいに好き放題は飲めない。


「これ美味しいから飲んでみなって」


 カウンターではバンドでドラムを担当している金髪男が、女子に酒を勧めてた。アルハラかな?


 目線を男が勧めてるグラスに移す。


「カルーアミルクか……」


 コーヒー牛乳のような飲みやすい甘さが特徴のお酒。しかし度数が高く、酔いやすいという側面を併せ持つ。


「いや、私。お酒はちょっと……」


 断られとるやんけ。金髪さん、おつ


「おぉ、新田にったのやつまたフラれてる」


 美紀先輩が戻ってきた。


「あいつ、同い年」


 まじかよ。あの金髪は先輩か。


「一口でいいから飲んでみなって」


 まだ食い下がるのか、金髪男はその女子にまだ酒を勧めてる。


「いや、私。まだ一年なので」


 しっかりした子だなぁ。カウンターに座った小柄な女子はきっぱり断る。すると金髪はその子の肩に腕を回す。


「これ君のために頼んだんだよ。大丈夫、何事も経験だって。はい、飲む。これ、先輩命令」


 さすがにタチが悪いな。


「あいつ……」


 止めに入ろうとする美紀先輩を肩を叩く。


「任せて」


 金髪男に近づく。


「おっ、カルーアじゃん!」


 努めて明るくよそおって、酔っ払ったフリをして。後ろから金髪男が女子に押しつけていたグラスを奪い、一気に飲み干す。甘すぎるな……


「あっ、てめぇ。何すんだよ!」


 お持ち帰り作戦を邪魔されて、ご立腹の金髪男が立ち上がる。その肩を美紀先輩がそっと持つ。


「おい、新田。てめえこそ、何してんだ?」


 ドスの利いた美紀さんの声に、金髪男の肩が震える。

 

「すいません。ありがとうございます」


 さっきまで絡まれてた女の子が、こっそりと耳打ちしてくる。


「なぁに、僕は酒が好きなだけさ」


 恩着せがましくしたくないのだ。

 冗談めかして言うと、その子は少し笑ってくれた。


 離れた席で綿貫がこちらを見ていて、どうにも居心地が悪い。





 数十分後、会計を済ませ店を出る。

 薄暗い夜道を街灯が照らす。


「あの……」


 さっき絡まれていた『一年生ちゃん』か。


「さっきは本当にありがとうございます」


「僕は何もしてないよ」


 人を助けるなんて、ガラじゃ無いんだ。


辰巳たつみ……」


 綿貫が呼んでいる。

 また飲み過ぎたのか、フラフラだ。


「あ~あ~。はいはい、肩貸すからしっかりしろよ」


 ふらつく綿貫を支える。


「あ……」


 一年生の子が何か言いかける。


「あ、帰り一人なら送っていこうか?」


「いや、あの、大丈夫です。近いので」


 急いで視線を逸らす彼女に心の中で謝罪する。


「そっか。じゃ、失礼するよ」


「はい、こちらも失礼します」


 『一年生ちゃん』と別れ、しばらく歩くと綿貫が口を開く。


「あの子可愛かったね~」


 なんだか、いつもより言い方にトゲが有る気がする。


「ん~」


 肯定とも否定ともとれぬ、曖昧な返事をする。

 酔っては居るが、ここで肯定なんぞしたら面倒くさい事になる気がするのだ。


「格好つけちゃってさ……」


 あぁ、そっちが問題なのか。


「すまん、偽善やな。あれは」


「そうじゃない……」


 分かりたいのに、分かってやれない。

 だから、


「ごめんな」


 謝るくらいしか出来ないのだ。


「許さん。ん、付けて」


 彼女が煙草をくわえ、ライターを差し出す。


「あー、分かったよ」


 空いた手で、彼女の煙草に火を付ける。

 垂れた髪を彼女は耳に掛け直す。


 現れたピアスが街灯と煙草の火に照らされ、きらめく。


 何だか、とても綺麗だった。


 










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