初めてでもできるエリクサー制作、収穫編

 さて、準備はこんなところでいいだろうか?


 俺は各種収穫用の道具を前にした考えた。火炎草を収穫するための手袋 、命の草を収穫する際に種が服に張り付かないようにするためのラバー製ズボン。そしてマンドラゴラ収穫用のナイフだ。


 かつてはマンドラゴラを引き抜くときにその植物の出す悲鳴を聞いて死ぬとまではいかないが気絶するくらいのことがあったそうだ。


 しかしマンドラゴラは有用な薬草ということで収穫には難儀していた。ある人が気がついた農法によると引き抜く前に軽く掘ってナイフを突き刺せばマンドラゴラを絶命した状態で引き抜けると発見され、最近ではその被害に遭う人もとんといなくなった。


 もっとも、マンドラゴラ泥棒が勝手に畑に入って引き抜いて気絶するようなことはあったらしいが……


 それぞれ植えてから翌日には芽を出し、二日目にはある程度の大きさになった。そして三日目の今日が収穫日だということだ。


 俺は道具をそろえている間少し考えた。アリスを連れて行くべきだろうか?


 その答えについては『農家の仕事は農民に』ということで一人でやろうと決めた。


 曲がりなりにも賢者に何かあったら俺の命だって危険になるしな……そのくらいに賢者というのは身分が高い。


 そんなことを考えながら農具をセットで背負って家を出る、そこには……アリスがいた……


「お兄ちゃん、私にベッタリ頼ったのにいいところだけ独り占めですか?」


 俺は慌てて弁解した。


「違うって! 後は収穫だけだから大丈夫だと思ってさ、細かい仕事を賢者にやらせるなんて事はできないって!」


 アリスは深く首を振った。


「私は賢者である以前にお兄ちゃんの妹なんですよ?」


 そう言って俺の背中を見る。


「それに、ちょっとその荷物を置いてもらえますか?」


「え、ああ?」


 よく分からないが農具一式をそこに置く。


 道具セットが丸々アリスのストレージに収納された。


「本当にすごいな……これだけでも食べていけそうなものだが……」


 それを聞いてアリスはとても楽しそうに言った。


「これで私がいないと収穫はできなくなりましたね? お兄ちゃん?」


 そう聞いてストレージを使用できるのはアリスだけだと気がついた。つまりこの収穫作業に連れて行かないと道具がないという非常に困ったことになる。


「分かったよ……ついて来ていい、でも雑事は俺がやるからな?」


「分かりました! 是非私を役立ててくださいね!」


 そういうアリスだが、何故俺が一人でまだ明け方の暗めの空の中出発しようと決めたのにそれを知られていたのが不思議に思えた。


「なあ、なんで俺が一人で行くって分かったんだ? 賢者の力か?」


 アリスは幸福そうに答える。


「それは賢者関係なく妹の勘ですね!」


 身も蓋も無い答えだった。というか賢者力けんじやちからより妹力いもうとちからの方が上なのか。


「まあまあ、お兄ちゃんにもそんな悪い話じゃないでしょう? ポータルはウチにセットしてあるんですよ? 収穫後即帰宅ができるんですよ?」


 何を言ってるんだろう?


「いや、帰宅って……ギルドへ納品するんじゃないのか?」


 アリスは不思議そうに首をかしげた。


「いえ、今回の依頼はエリクサーの作成ですよ? 今回育てるもの以外にも一通り素材はもらっているので制作してから私が直接納品しますよ」


「聞いてないんだけど……」


 ………………アリスは手を叩いた。


「ああ、言ってませんでしたね!」


 そこは大事なところだろう。忘れていいのか? 困った奴だな。


 どちらにせよ、道具は全てアリスの収納魔法でしまわれてしまっている、選択肢は無いな。


「しょうがない、二人で行くか?」


「はい!」


 この笑顔の裏にどれだけの闇が存在するのかはわからない、今はそれが俺に向かわないことを願うばかりだ。


 そうして割り当ての畑に向かいながらアリスと世間話をする。この朝っぱらから畑仕事をするという熱心な人はほとんど居ない。少なくとも仕事は薄暗いときからではなく太陽がしっかりと昇ってからやるものだ。


「アリスも物好きだな……農家なんてやらなくてもいいだろうに」


「私は農家なんてやるつもりはこれっぽっちも無いですよ?」


「え?」


 てっきり農家として平穏な生活がしたいとかそんな理由で残ったのだろうと思ったのだが、違ったのか?


 だとすればどれだけ壮大な理由があるのだろう? 俺にとっては考えもつかないものだろうか。


「じゃあ一体何になりたかったんだ?」


 アリスは破顔して答えを返した。


「『お兄ちゃんの妹』ですよ!」


 そう言って先へと歩みを進めてしまった。俺にはその意味ははかりかねたし、それがそこまで大きな理由になるのかは分からない。しかしその言葉が少しだけ嬉しかった。今はアリスが俺の顔が見えない方を向いていることが無性にありがたかった。


 そしてしばらく歩くと畑に到着した。その頃には俺もすっかり平常心を取り戻していた。


「じゃあ早速収穫をしましょうか!」


「そうだな、道具を出してくれ」


「はーい!」


 ストレージが開かれ道具が一式その場にゴロゴロと出てくる。そこで気がついた。


「あ……道具が一人分しかなかった……」


「ああ、私の分ですか? 要らないですよ」


「え?」


 アリスは何でもないことのように言う。


「魔力で手のひらに障壁を張れば手袋は要らないですし、服には命の草の種みたいな落とすのが面倒なものは尽きません。あとマンドラゴラは魔力を流すと地中で絶命するんですよ?」


「じゃあこの道具の意味は……」


「お兄ちゃんとの交渉材料ですね」


 くそっ、アリスの思うがままかよ……俺はこれらがないと収穫作業もままならないというのにアリスは何も無しで良いという、職業とやらの理不尽さを表す事態だった。


「まあいいか、さっさと収穫を始めよう」


「そうですね!」


 俺は手袋をして火炎草の収穫から始める。引っこ抜いては密閉性のある袋に放り込む、漏れ出た空気でも皮膚に悪影響があるので油断はできない。


 俺がそんな地道な作業をしている隣でアリスが何をしているかと言えば……


『スラッシュウインド!』


 風の魔法で根元からバッサリまとめて刈られる火炎草。そんなことをしたら風に飛ばされて大変だろうと思っていたら……


『ストレージオープン』


『クローズ』


 切り取った直後に収納魔法で刈り取ったものの下に大きなゲートをつくってそれらは水が低いところに流れるように穴の中へ落ちていった。


 そして大半の収穫が終わるとストレージを閉じて完全に密封する、空間自体が違うので俺の袋のように破れる心配など無い。俺は自分の地道な作業にうんざりしながら地道な刈り取りを続けていった。


 そうして火炎草の大半を収穫したところでアリスが話しかけてくる。


「お兄ちゃん、それを持っておくのは危ないですよ? 私の収納にしまいましょうか?」


 俺の袋を見やってからそう言う。俺は自分の必要性について疑問に感じながらもアリスが開いたストレージの穴の中にその袋を放り込んだ。そして完璧な密封をされる火炎草。俺の苦労はなんだったんだろう?


「さて、次は命の草ですかね?」


「そうだな、こっちは同じ方法でいけそうだが……残念ながら命の草の大事な部分は根なんだよなあ……」


 先ほどと同じ方法は使えない。火炎草は葉の部分を使うので土から生えている部分のみ刈り取ればいい。しかしこちらは根に有用な効果があるため地表面錠の葉っぱを全て刈っても大した金額にはならない。だからこそこの草は薬草として有用なのにイマイチマイナーなものとなっている。


「簡単ですよ」


 アリスはそう言って詠唱を始める。


『アースシェイカー』


 地面がひび割れ揺れる。俺が混乱していると揺れが収まったところでアリスが畑を指さす。


「ね、簡単でしょう?」


 そこには大地から押し出された命の草が根ごと地面の上に転がっていた。


「まあこうやって地表の操作をすればチョロいんですよね。まあ周囲に家とかがあったら危なくて使えないんですが」


 どうやら妹様は万能らしい。俺は諦めてアリスが収納魔法で地面に押し出された草を収納するのを眺めていた。


「さて、後はマンドラゴラですね」


「ああ、新潮にナイフでとどめを刺してから抜かないと叫び声が上がるからな?」


 マンドラゴラの生態などとっくに知っているだろうが一応説明する。アリスは少し考えているようだった。


 そしてようやく答えを出したのだろう、俺に微笑みながら言った。


「一番チョロいですね!」


 アリスは地面に手をあてて集中を始めた。


「この程度のものなら魔法をイメージする必要さえ無いです」


 アリスの手から光が辺り一面に迸ったかと思うと、マンドラゴラが『自分から』飛び出してきた。葉っぱをつけたまま地面から抜け出ていかれたようにその辺をバタバタと大勢で走り回り、その後動きを止めた。


「アリス、何をやったんだ?」


 アリスは手を地面から離して言う。


「魔力を地面に流し込んだだけですよ、マンドラゴラは植物ですけど自分から動けますからね。こうして地面の中にいられないようにすれば自分から出てくるってわけです。ちなみに植物程度なら致死量の魔力を流したのでこうして倒れ伏しているわけですね」


 マンドラゴラは苦悶の表情を見て取れそうなほど駆けずり回って地面に倒れているのだった。


「じゃあストレージに入れておきますね」


 そう言って空間に穴を開けて余すことなく回収をした、本格的に俺の存在意義を問われるような出来事だった。


「お兄ちゃんも植物の生態には詳しいんですね?」


「ああ、天啓が降りてきたんだ。やっぱりこれが『職業適性』ってものじゃないかと思うのだが……」


 アリスはなんだか慈悲深い表情をした後で帰宅用のポータルを開いた。


「ではホームに帰るとしましょうか! まあ納品は多少遅れてもいいでしょう、収穫までの期間も大分余裕を持って受注しましたからね!」


「でも三日で素材集めは終わったよな?」


「ええ、技術にお金を払うのは当然ですよ!」


 そう言ってからポータルの中に飛び込んだ。俺も後を追いかけて光の柱に飛び込む。もう慣れてしまって驚きこそ少ないがこの便利さは革命的だと思う。これだけでも戦場に必要とされる人材にはなるんじゃ無いだろうか?


 もっとも、妹を戦場に送り込むくらいならここに居て何もさせない方がよほどマシだとは思う。


「よし……完璧ですね! では明日から精製に取りかかりましょう!」


「まあ、そっちの方は頑張ってくれ。俺は薬師じゃないしな」


「今日のところはそれより優先することがありますしね!」


「優先? 一体なんだ?」


「お風呂ですよ! 心と体の疲れを洗い流したいんです!」


 そういうことで風呂を一瞬で沸かしてからアリスは俺に『一緒に入ります?』と笑えない話を振ってから『冗談です』と言って一人で入っていった。

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