初めてでもできるエリクサー制作、準備編

「ちょっと畑に植えて欲しい植物があるんですけど……」


 ゴブリンを倒した翌日、アリスからその提案というかお願いがあった。


「何か食べたいものでもあるのか? 税の分は決まったものしか植えられないからたくさんは無理だぞ?」


 アリスは不服そうに声を上げる。


「違いますよ! コレはギルドを通したちゃんとした依頼ですよ!」


「ギルドって農業ギルドか?」


 他にウチに依頼をするギルドなど無いはずだが……


「いえ、統合ギルドからの依頼ですね。私に調達してほしいものがあるとのことなので」


 統合ギルドだと! 村の範疇に収まらないだろう……あそこに依頼できるのはそれなりの地位が無いと不可能なはずだが……


 アリスの噂はそれなりに有名だし、以来の一つくらいは来てもおかしくない。それにしても大手から来たものだとは思うが……


「一体何を頼まれたんだ? マンドラゴラとか竜草とかの作りにくい薬草か?」


「マンドラゴラは依頼に入ってますね。後は火炎草と命の草ですね」


「種の調達は?」


「ちゃんともらってます、コレを育ててくれってことらしいです」


 そう言ってアリスは小袋を三つ出した。それが先ほどの三つの薬草の種なのだろう。しかし種でこの量だと全量を育てたときに畑の大半を使いそうだな。


「一発で育てるのは無理かなあ……その辺の薬草は植えると無尽蔵に栄養を吸い取るからな」


 そう言うとアリスは困り顔を浮かべる。


「結構納期がタイトなんですよねこの依頼、あと五日以内に納品してくれって頼まれてるんですよ」


「いや無理だろ」


 植物の育成がいくら早いと言っても五日で納品は無茶が過ぎるぞ……


「そんなに育てたら当分何も育たないくらい土地が痩せるぞ」


 アリスは首をかしげる。


「それに何の問題が? 私がちゃちゃっと土壌改良しますよ?」


「それでもなあ……総生産量から税が決まるからあんまり食用じゃ無い植物は育てたくないんだよなあ……」


 総生産量に対して割合で課税される。つまり食料として納める穀物類の割合が減れば相対的に家で食べる分と税として納める分の割合が崩れる。アリスが持っている種の量を育てると結構な税がかかるが、薬草は税として納めるのが認められないものだ。


「ああ、それの心配は無いです、この依頼は大元が随分と上の方らしくコレを納めれば税の方はしばらく免除してくれるそうです」


「はい!?」


 徴税人からの依頼だろうか? いや、徴税人に税を免除する権利など無い、貴族、あるいは……


 俺は依頼をたどっていくと王族に関わるという恐ろしい推論を心の中にしまい込んだ。そんな考えることも恐ろしいことには関わりたくない。


「わかった……で、それは『強制』なのか?」


 アリスは少し考えてから明るく笑いかける。


「いいえ、『お願い』くらいですよ? それに……」


「なんだよ?」


「依頼人も『賢者を失いたくはないですから』って言ってましたから多分断ってもいい以来なんだとは思いますよ」


 なるほど……強制はしないができればやって欲しい程度の依頼か。


「ちなみに俺が断ってもいいのか? アリスに来た依頼なんだろう?」


 俺はあくまで農業ギルドの一会員、それほど偉い人に逆らう権利はない。だからこそこの件についてはアリスが独断で植えて収穫までやっても問題が無いはずだった。


 そんな大層な錬金素材を一農民に任せる理由も無い。始めからアリスに任せてしまうのが普通だろう。


「ああ、『お兄ちゃんの許可が取れたら』って条件で受けたんですよ、お兄ちゃんの畑ですからね」


 その気遣いは確かに嬉しいのだが、俺に課された責任は非常に重いものになってしまった。アリスに悪気はないのが分かってはいるのだが、賢者と農民というなんとも身分差を考えると俺に選択肢は無いような気がしてならない。


 世知辛いところだが断ることはできないようだ。


「わかった、その依頼は受けるよ」


「ですよねー」


 アリスも断られるとは思っていなかったのか予定調和な返答だったらしい。しかしまた難儀な依頼が飛び込んできたものだ……もちろん税金周りでの優遇は美味しいのだが、どこか腑に落ちないところもある。


 ともあれ、そういったものは偉い人たちが必死に考えることであり、ただの農家が一々国政に口を出すものではない。政争でも戦争でも自分に関係のない範囲で好き放題やってくれて構わない。


「じゃあお兄ちゃん! 畑に行きましょうか!」


「そうだな……」


 深く考えてたって始まらない。俺はただ単に頼まれたことをこなすだけだ。それをどう使うかは知ったことではない。


「なあアリス? よくこんな依頼持ってきたな」


 普通は王都で全て済んでしまうような内容だ。依頼の植物の種だって安くはない、わざわざこんな辺境に持ってくるとはご苦労なことだ。


「ふっ……私ともなれば依頼の方から歩いてくるんですよ!」


 さすが賢者だ、偉い人がわざわざ依頼に来るとはな……俺には確実に縁の無い世界だ。


「あっ……お兄ちゃん真面目に取らないでください! ジョークですよ! 妹ジョークです!」


「えっ……あっそうなの?」


 ジョークと本気の違いがよく分からないので困る。大真面目に依頼人が訪ねてきたのかと思ったぞ。


「お兄ちゃんは賢者を過剰評価しすぎですよ! 私は賢者である以前にお兄ちゃんの妹なんですからね!」


「お、おう」


 アリスはじっと俺を見てから玄関の方に歩いて行った。


「では行きましょうか!」


 そうして村に出ると周囲から好奇の目線を感じた。なんだか変な気分であるがまあやることがやることなので情報が漏れているのかもしれないな。村のギルドに機密性などというものは期待できないしな。


「いよう! アリスちゃん! 聞いたぞ、貴族のエンブレム付けた馬車の人と話してたんだって? 何か特別なことをするのかい?」


 近所のおじさんであるアインさんが話しかけてきた、アリスはビックリした様子を見せてからアインさんのところへ歩いていった。何故かアインさんがうずくまって動かなくなり、アリスは俺のところへ戻ってきた。


「さあお兄ちゃん! いきましょうか!」


「いや、今何かやって……というか貴族って……」


「いきますよ? 余計なことを気にしないのが長生きする秘訣ですよ?」


「は、はい」


 賢者ともなれば貴族とコミュニケーションを取ることくらいはあるのかもしれない。そこら辺に深入りするにはあまりにも俺は一般人過ぎる。闇が深いというか、身分の高い人たちと深く関わると厄介ごとになる可能性があるので俺は気にしないことにしよう。


 そうしてなんだかヒソヒソ声が聞こえる中、俺たちの畑へとやってきた。


「さて、マンドラゴラと火炎草あと、命の草ですが……全部同じ割合で植えれば構わないですか?」


 俺は農民にできることをしよう。あくまでも淡々と作物を育てるだけだ。


「うーん……マンドラゴラが大きいから他より多めにスペースを取りたいところだな。火炎草は他と離して植えないと他二つに悪影響が出るな……」


「そうなんですか?」


「ああ、火炎草はあたりに刺激物を撒くし、マンドラゴラは一つから結構な大きさだからな。全部同じ量を納品すればいいのか?」


「はい、1対1対1の割合での依頼ですね。余剰分はギルドを通して打ってしまって構わないそうです」


「なるほど……マンドラゴラ5に火炎草2、命の草が3位の比率で植えれば大体その比率で採れるかな。火炎草は他二つと少しの間を開けて植えればいいだろ」


「マンドラゴラって効率の悪い植物なんですねえ……」


 アリスはしみじみと言う。


「まあだからマーケットに流れたときに他より高値が付くんだよ。収穫が少ないから価値も上がるんだな」


「へぇ……」


 そうして俺は鍬で畑を三つの区分に分ける。先ほどいった比率だが、マンドラゴラと命の草はぴったり隣り合わせに植えるが火炎草のために少し空白地帯を作ってから隔離した場所を作る。


「さて、植えるかな……火炎草と命の草はばらまけば大丈夫だ。マンドラゴラは深く根をはるから少し穴を深めに開けてそこにいれよう」


「はい!」


「あ! アリス! 火炎草の種を手で持ったら!」


 アリスは種から手を離してパタパタ振る。


「お兄ちゃん、痛いんですけど……」


「話は最後まで聞こうな。火炎草は刺激物を出すって言ったろ? 素手で持ったら種でも良くないんだ」


「そうなんですか、『キュアヒール』」


 アリスは当たり前のように回復魔法を自分の手にかける。赤くなっていたのが一気に引いていくのだが回復魔法を無駄遣いしている気がしてならない。普通は怪我程度なら薬草を使えば贅沢と言っていいのに回復魔法まで使うとは……回復魔法の無駄遣いだな。


 まあ本人が使う分には好きに使えばいいのだが、あの様子を見るに回復魔法だけでも金が取れそうなほどの魔法だった。


 俺は手袋をして火炎草の種をばらまく。有り難いことにそれほど手間がかからない植物だ。何故もっと育てられないかと言えば刺激物だし、調合の材料にはできても単品で使用されることがあまり無いからだ。一応保存料としての使い道を探されているらしいが結果は出ていない


 撒き終わったら一応土をかぶせておく。育てる上で必要ではないが周りに種が散ってしまうと迷惑がかかるのでちゃんと土に根付くように軽く土をかぶせる。


「これでいいんですか?」


「ああ、火炎草はコレでいける。命の草はちょっと面倒くさいがな」


「面倒?」


「ああ、アレは育てるのに水が大量に必要だからな。井戸から汲んでいくしかないかな」


「水だけでいいんですか?」


「そうだな、土壌の方はお前が改善してくれたからな。水分さえあればこの前使った肥料の栄養で育ってくれるはずだ」


 植えるの事態はとてもお手軽だ。ただ単に畑に撒くだけでいい。土壌の栄養を大量に必要とするのであまり植えられることはないが、収穫さえできればそれなりの金額になる植物だ。そこには一度命の草を植えた土地ではしばらく何も取れなくなるほど土が痩せるのも含めて値が付く。


「そーれっと!」


 アリスが豪快に種をばらまく。栄養素が十分にあればとても金になる植物だ。あまりにも土への負担が大きいので誰も育てないだけで、最上級の薬草として使えるし、薬として調合するときに貴重な素材となってくれる。


「よっと……」


 パラパラと撒いていく。栄養過剰くらいの状態なのでむしろ命の草を植えて過剰な養分を調整するくらいに肥えた畑になっている。



「種はこれで全部ですね。後はマンドラゴラだけです」


 マンドラゴラは栄養を周囲から吸い取るのである程度は放置ができる。


 毒素があるので育てる理由が全く分からないが、まあロクな使い方があるとは思えない。お偉方の考えなんてものは理解に苦しむ。


 無論、調合の材料としての使い道が無いわけではないが、もっと汎用性の高いものがあるはずだ。


 昔は毒物として暗殺に使われたりもしたらしいが、そんなことをするくらいなら強力な魔道士等の戦力で叩いた方が楽だと気がついて以来しばらくの間実用的な用途は無かった。


「じゃあ手のひら暗いの穴を開けて種を一つずつ植えていこうか」


「はい! マンドラゴラだけ種が少ないですね」


「まあコレでも使い道がない物だから結構な量だがな。あと一個あたりが大きい根菜だから種の数は薬草より少なくていいんだ」


「そういうものですか……ところでお兄ちゃん、なんでこんな普段植えないような植物に詳しいんですか?」


 ああ、その事か。


「農民のスキルだよ、植物関係ならまとめて知識が入ってくるんだ」


「へー……普通の農民はそんなスキル持ってるんですかね?」


「話し合いとかはしないけど持ってるんじゃないか? 農民にされたからって何もスキルが無いわけじゃないだろ」


 植物を見ただけで脳内に情報が流れ込んでくる、やはり俺は由緒正しい農民なのだろう。


 俺は黙々と浅めの穴を掘ってそこに種を一つ一つ植えていく。種の中には不良なものもあったがそれはスキルで検知できたのでより分けて育ちの良さそうなものから優先して植えていった。


 そうして植え終わったときにアリスが伸びをした。


「うーん……農業って面倒くさいですねえ……」


「そりゃあ賢者ほど波乱のある人生を生きていかないだろ」


 アリスは微笑んでから言った。


「私も農民なんですよ? そこを忘れなく」


 まったく……賢者の力が泣いているだろうに、わざわざ人生でハードモードを選ぶんだから物好きな奴だ。


「お前は賢者だろうに……こんな僻地で歳を重ねるつもりか?」


「お兄ちゃんがついてきてくれるなら王都でも何処でも行きますけどねえ……」


 いたずらっぽくそう微笑んだ。多分この議論は平行線で続いていくのだろう。少なくともコイツが自分で選んだことは確かなのでそれを尊重するくらいのことはあってもいいか。


 俺は深く考えるのをやめてその日の作業も終わったので帰宅することにした。


「帰るか……」


「そうですね」


 日が傾いていく中を兄妹二人で自宅へと歩いていく。農民と賢者、釣り合わないかもしれないがこれもアリスの意志だ。


 俺は妹の意志を大事にしたいと思っているので今のところは二人で暮らしてもいいだろう。


「ふぅ……くたびれたな……」


「そうですね……」


 こうして数日後に収穫を迎える作物を植えたのでクエストの大半はこなしていたと言っていいだろう。


「お兄ちゃん! 料理作ってください!」


「はいよ」


 黒パンにチーズをのせたものを釜であぶって出す。大層なものは作れないがアリスは文句を言わない。


 なお、この釜だがアリスの魔法によって火が絶えることは無く、それでいて外部に熱を漏らさない料理をする人なら誰もが欲しがる装置と化していた。


 むしゃむしゃとパンをかじりながらアリスが言う。


「何日くらいで収穫できますかねえ……?」


「二三日だろうな。今までのあの馬鹿げた西濃の畑ならという話だが。まあ大変なクエストじゃないさ」


「お兄ちゃん! 納品が終わったら酒場で一杯飲みましょうね!」


 そういえばアリスも成人したから賢者になったんだったな。酒を飲んでも問題無いわけか。


「ああ、その時は一杯奢るよ」


「約束ですよ?」


「ああ、約束だ」


 アリスは小躍りしながら部屋に戻っていった。そうしてクエストで一番面倒なところは無事終わったのだった。

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