ゴブリンどもを根絶やしにしよう!
「さあお兄ちゃん! 自治部隊に話を通しておきましょう!」
この村にも自治部隊はある。基本的にその辺の喧嘩の仲裁や、誰それの家に空き巣が入っただのと言ったくだらないことしか基本的には介入しない、というかできない。
この村で魔物の大軍など出ようものなら即座に王都の軍部へ申し出て派兵をお願いするところだ。普通は自分でどうにかしようなどとは思わない。
アリスはギルドの治安維持隊へ持ち込んだところで断られることくらい分かっているだろう。おそらく『言ったぞ』という事実が必要なのだろう。勝手に討伐隊を組むようなことをすればある程度お咎めがあったりする。言った上で何もしてくれなかったから自分でなんとかした、そういうことなのだろう。
そんなわけで流されるままギルドにやってきた。
木製の扉を開けるとやかましい声が響いていた。
「ぎゃあぎゃあ……わあわあ……お前が! いやお前の方が! …………」
この乱雑な光景が広がる中、アリスという少女がたった一人カウンターに向かっていく。さすがにこの村には少女相手に喧嘩を売ろうという人はいない、ましてやそれが賢者ならなおさらだ。
受付嬢のプレシアさんもアリスが来たことに困惑して、澄み切ったブロンドの髪もなんだかしなびているようにさえ見えてくる。
「賢者様ですか、当ギルドにななななんのよ用でしょうか!?」
賢者になったことも知られているし、アリスはすっかり有名人だ。この村を離れなかったことから噂に尾ひれがついているくらいだ。
「治安維持のお願いに来ました」
「は、はあ……治安維持ですか?」
困惑気味に頷いている。
「実はゴブリンが出てきたようなので討伐隊を組んで頂きたいのですが」
「ゴブリン!? この村にですか!? いやしかし……この村にそれほどの部隊は……ちょっとギルマスに聞いてきます!」
そう言って奥に引っ込んでいった。なお近くの荒くれ者達はゴブリンの集団の討伐隊にいれられるかもという恐怖だけですっかり黙ってしまっていた、一部に至っては逃亡していた。肝心な時に戦わない戦闘職の意味を問われそうな有様だった。
プレシアさんは奥から出てきて話し合いの結果を伝える。
「その……アリスさん……大変申し訳ないのですがこの村にはゴブリンの群れをたたけるほどの部隊は組めないんですよ……王都の部隊へ依頼を出しましょうか……?」
恐る恐るといった風にそう答える。さて、アリスはどうする気だろうか?
「なるほど、ではあなた方の手には余る相手と言うことですね? ならば私達が勝手に叩き潰しても問題無いですよね? 王立軍にお手数をかけさせるのも申し訳ないですし、王の勅命ならそれなりの金額も動くでしょう?」
「ええ……まあ確かに賢者様が殲滅して頂けるのなら大変有り難いのですが……危険ですよ?」
アリスは頷いてから答える。
「私は賢者ですからね! 下級魔族の一部程度叩き潰せなくて賢者を名乗りませんよ?」
そしてもはや静寂に包まれているギルド内にその高い声が響いた。
「分かりました、賢者様が討伐してくださるんですね? 報酬はきちんと支払いますがお願いですから死なないでくださいね?」
「もちろん、ちなみにこの中にゴブリン討伐に参加したい人はいますか? 一応この村のギルドで片付くなら依頼するのもやぶさかではないですし」
誰一人として声を上げなかった。ただただ沈黙が場を包んでそれが趨勢の意志だった。
「では、ゴブリンくらいサクッと消し飛ばしてくるので報酬お願いしますね?」
いたずらっぽくそう言ってギルドを出ていった、立ち尽くしていた俺に同情の視線が集まる。
「大変だな……ラストも」
「ラストさん! 大丈夫ですって! 妹さんなら軽くひねり潰してくれますよ!」
「まあ、人生にはいろいろあるさ、妹が優秀だからって落ち込むなよ、飲むか?」
俺はその場にいたたまれなくなってギルドを後にしたのだった。
ギルドの外ではアリスが完全に待機中だった。
「お兄ちゃん、じゃあいきましょうか! ゴブリンの営巣地は町の南に半日ほど歩いたところです!」
「遠いなあ……」
丸半日歩くのかと思う時が重かった。
「まあまあ、帰りはポータルが使えますから大丈夫ですって! いきましょう!」
そうしてアリスに手を引かれて村の南出口までやってきたのだった。
それから歩くこと数刻、森の中に似つかわしくない建築物のところまでやってきた。
「アリス、コレがゴブリンの巣か?」
俺たちは隠れながら話し合う。アリスは頷いて俺にバフ魔法を大量にかける。
『フルシールド、プリズムプロテクション、リデュースショック、レジストファイア、レジストアイス』
「なあ、ゴブリン相手にこんなにバフが必要なのか? この前の熊だってここまで使わなかったよな」
アリスは頷きながらも俺に言う。
「私はへーきなんですがね、お兄ちゃんがどこまで耐えられるのか分かんないじゃないですか? 実戦経験で学ぶわけにもいかないでしょう? だからマージン取って多めにバフを積んでおくんです」
「なるほど」
実際どのくらいのバフがあれば大丈夫かを実際に試したらアウトだった時に死んでしまうので多めに使っておくということらしい。大変結構だが俺をここに連れてくる意味とは……
「なあ、俺って居る必要あるか? アリスだけでも十分倒せそうだし、足を引っ張っているような気がするんだが……」
アリスは不満げに答える。
「お兄ちゃんが居るってだけで私のメンタルに良いんですから居てください! 私とお兄ちゃんは一蓮托生なんですよ!」
「ちょ、声が大きいって!」
「はあ? ゴブリンごときに私が後れを取るはずないでしょう? 軽く全滅させてやりますよ? ただまあ完全に消し飛ばすと証拠まで消えちゃうので多少は残しますがね」
「多少なのか……」
「当たり前でしょう? ゴブリンの討伐報酬だってバカにならないんですよ? この規模の巣なら一月くらい贅沢ができる金額ですよ」
「マジか……」
俺が自分でアリスとの生活費を稼いでいた時には日々の生活で何とかやっていけるレベルだったのにゴブリン討伐でその金額か……世界とは不公平だなあ……
「さて、お兄ちゃん、とりあえず焼き払いましょうかね。準備はいいですか?」
「物騒だなあ……」
『プラズマボール!』
アリスは魔法を打ち込むとゴブリンの群れがぞろぞろと出てきた。先ほどの魔法で数匹が黒焦げになっていた。
『パワーアップ』
アリスは賢者だというのに身体強化魔法を使っている。ストレージからナイフを一本取りだしてゴブリン達をサクリサクリと刈り取っていく。
小型の人型はどんどんと赤い血を噴き出しながら倒れ伏していく。その時、俺の方に投石が飛んできた。
カチン
固い音とともにその石は俺の顔に当たる前にバリアに当たって明後日の方向へと飛んでいった。どうやらアリスの魔法はちゃんと機能しているらしい。
そしてその瞬間、石が飛んできた方向へアリスが特大の魔法を放ちその方向を焼け野原にする。
「よくもお兄ちゃんに攻撃しましたね!」
もはやそこからは一方的な鏖殺であり、ゴブリン達は綺麗さっぱり消えていく。
そうしてゴブリンの死体の山があっという間に完成した、ちなみに、ゴブリンの巣の中には食い荒らされた家の畑の作物が結構な量存在していた。それらは回収したところでもはや商品としては出荷できないような有様になっており、作物の回収を俺は諦めた。
巣の中をあらかた調べ終わるとアリスが刈り取り終わったのか俺のところへやってきた。
「お兄ちゃん、怪我は無いですか?」
「ああおかげさまで傷一つ無いよ、そちらは随分と汚れてるが自分の血じゃ無いんだろ?」
アリスは血で真っ赤に染まっていたが顔色はいつも通りで傷らしい傷も見当たらない。おそらくほとんどが返り血なのだろう。
「ゴブリン程度で傷がついたりしませんよ、というか賢者補正はともかく殴ればなんとかなる程度の魔法が要らない敵ですし」
「じゃあ討伐の証拠集めてからポータル使うのか?」
「そうですね、といいたいところですが……ゴブリンでも魔物は魔物なので素材価値はありますね、死体をまとめて収納しておいてギルドに提出すれば報酬に色がつくでしょう」
景気のいい話だな……ゴブリンを倒した方がせっせと農業をするより金になるのは少々悲しくなってしまう。
「まあ元気そうで何よりだよ。殲滅したから当分は畑が荒らされることも無さそうだな」
「当然ですね! 私はお兄ちゃんの敵を許したりすることは決して無いんですよ!」
頼もしいことで……家にはもったいない人材だと思う。実際もっと良いところではたらいでいい暮らしだってできるだろうに、俺のところに残ることを選んだのは間違いではないのだろうか?
「おにーちゃん! 何を考えてるんですか? 辺り一帯の収納ができたのでポータル開けますよ?」
「ああ、わるいわるい……」
そうしてアリスの開いた光のゲートに飛び込むと見慣れた部屋の中に戻ってきた。
「じゃあギルドに提出に行きますか? プレシアさんの驚く顔が目に浮かぶようですね!」
「俺はどっちかっていうと困り果てる顔が浮かんだかな……」
一応魔物の討伐報酬は税金から支払われるので枯渇することは無い。今回程度の数なら中規模な討伐隊でも割と簡単に達成できる量だ。まあこの村で稼いだのはアリスが初だろうが……
そうして俺たちはギルドへ向かった。扉をくぐると歓声が上がった。
「見ろよ! 賢者様なら大丈夫だって言ったろ?」
「ちぇ……負けたよ、好きな酒を飲め」
そこかしこから俺たちがこの討伐に成功するかどうかの予想についての当たり外れの声が聞こえた。相変わらず自分たちに関係ないことには威勢のいいギルドの面々だった。
「プレシアさん、討伐報酬と素材買い取りお願いしますね!」
アリスがそう言ってカウンターに詰め寄る。
「は、はい……それでゴブリンの討伐部位は耳か鼻ですがどのくらいお持ちですか?」
「ああ、たっぷりありますよ。ま、ここで出したら随分と汚れちゃうので表に出ましょうか?」
「そ、そんなにですか」
引きつった笑みを浮かべるプレシアさん。そして表に出て収納からゴブリンの死体を山ほど取り出すとフラフラしながら計算をしてくれたのだった。
ちなみに討伐報酬は食い荒らされた作物の値段よりかなり多めの値がついた。世界は平等では無いと言うことは確かなようだと俺はその日思い知ったのだった。
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