賢者と始める! 土壌改良! その2
トマトが一日で育ちきった次の日、畑はなんだか植物が元気になっているような気がした。昨日のトマトはいくつかなっていたので俺とアリスでわけて
「すごいな……見違えたみたいだ」
「さすが私ですね! でもまだまだ改良の余地はありますよ!」
そう言って大きな胸を張る。大きいのが自慢らしいが兄としては妹がそういう目で見られているのは気分のいいものではなかった。
そしてアリスは土をひとすくいして観察している。『ふむ……』とか『ふぅん……』とかいいながら一人で納得していた。
「昨日からまるで別の土地みたいに変わってるけどまだ不満なのか?」
そうアリスに尋ねる。ここ二年は俺だけで家族二人を養っていたので、これだけ作物が元気になれば二人暮らしには十分すぎる量が採れるはずだ。
「確かにマナの補充は出来ますがね、それはいざという時の手段であって、普通はもっと穏健な改善策をとるのです」
「それも賢者の力か?」
「まあそうですね」
マジかよ、賢者マジすごい。というか儀式だけで知識も入ってくるなら適正というものがどれだけ大事かよく分かってしまう。きっと俺ではそんな大量の知識を詰め込まれることに耐えられなかっただろう。
「まず肥料には窒素とリンとカリウムと呼ばれる物質が必要です」
「ふむふむ」
「本当なら面倒な手間をかけて肥料を作らないといけないわけですが、生憎私はそこまで気長に待てる人間ではないです」
「はぁ……」
よく話が見えてこないのだが、肥料になんか三つの要素があることは分かった。現在は草や動物の糞を積んで混ぜて匂いが消えるまで繰り返したものが肥料になっている。アリスはそんな面倒なことはしたくないらしい。せっかちだとは思うが俺も手間は少ない方がいい。
「まず一番簡単な窒素から補給しますね」
そう言って片手を地面に向け、もう片方の手は空を掴んでいる。
「風よ集え!」
ひゅうと風が吹いてから睡の手のひらには小規模な嵐が巻き起こった、それを地面に向けていた方の手で土の中に押し込んだ。
地面が破裂するんじゃないかとも思ったが、ピクリとも動くことはなく何ら変わりない地面がそこにはあった。
「何をやったんだ?」
「窒素を魔力で地面にぶち込みました。窒素は空気の中にたくさんあるのでそこから頂きました。まあ本来なら地面に吸収させるように合成をしなければならないわけですが……そこは魔力でカバーしました」
「つまり肥料の一部は空気から取り込んだと?」
「まあ簡単に言えばそうなりますね。肥料にはたくさんの種類がありますが、コレが一番手っ取り早い入手法ですね」
しれっと言っているが空気から肥料を作るなんてとんでもない力だ。農業改革になりかねないようなことを自宅の菜園で行ったことになる。大規模農園を営んでいる連中が泣いて喜びそうな力をこの狭い土地に使用したわけだ。
「残りの二つは鉱石として存在しているわけですが……面倒なので手っ取り早い方法を使いましょう」
「何をやる気なんだ?」
「草取りですよ?」
草取り? この畑にはマナの補充のせいだろうか、全く雑草が生えていないのだが、一体何を取るつもりなのだろう?
「ではお兄ちゃん、行きましょう!」
「行く? 何処へ?」
「この辺の畑の皆さんですよ! 雑草取りを嫌う人はいませんからね!」
そして俺たちは二人で近くの大規模農家に行った。
「ごめんくださーい!!」
「なんだあ……朝っぱらからやかましいな……」
奥からクウォーツさんが出てくる、ここの主であり多くの小作人を抱えていた。
「朝早くに済みません、ここの畑の雑草が少し目についたもので」
アリスはそう失礼な言葉を口にした。
「朝っぱらから喧嘩売ってんのか? ウチは領主様に納めるくらいはちゃんと収穫してるぞ、余計なお世話だ」
しかしアリスは首を振った。
「いえ、その雑草を取り去ってあげようと思いまして寄ったのですよ」
胡乱な目で俺たちを見るクウォーツさん。当たり前だ、人の土地の雑草取りをするなど孤児の糊口をしのぐための賃金くらいしか出さないのが普通だ。
「坊主と嬢ちゃんがどれだけ困ってるのかは知らんがな、払うような報酬はないんだ、じゃあな」
家の扉を閉めそうになるところをアリスが戸を掴んで言った。
「いえいえ、お金は一切頂きませんよ? ただ現物報酬が欲しいだけです」
ますます怪しげなものを見るような目つきをしたクウォーツさんだったが睡の次の言葉におれて雑草取りを任せてくれた。
そして農場に来たわけだが……
「なあアリス、草むしりをして報酬が『その草』って言うのはなんの意味があるんだ?」
アリスはいたずらっぽい笑顔を向けてから小声で言った。
「さあ、なんでしょうね……?」
そうして草むしりをしようとしたのだが……そこでアリスの詠唱が響いた。
「風の精霊よ! なぎ払え!」
一陣の風が吹き、雑草はあっという間に根元から切り取られていた。すごいのは雑草だけを刈っており作物には一切の傷がないということだ。
「賢者スゲーな……」
「ふふふ……」
俺はその時アリスが見せた笑みにどこか怖いものを感じたのだが、主に報告に行くとこの綺麗さに『報酬を出してもいい』と言ってくれたのだがアリスが辞退したのだった。
そして重力魔法とやらで圧縮した草の山を自宅の畑に持ってきたわけだが……
「なあアリス、そろそろ教えてくれないか? コレが何の役に立つんだ?」
どこからどう見ても雑草だ、肥料に出来ることも事実だが面倒な手間がかかってしまうのでやりたくないと宣言したばかりなのでそんなことはしないのだろう。
「こうするわけですよ!」
『大地の精霊よ! 大地から生えし物を今ここに還す!」
そう言うとともに雑草の山はあっという間に茶色く変色し地面に沈んでいった。
すごいことはすごいのだが今のがどういう効き目があるのかは分からなかった。
「なあ、今のでどうなったんだ?」
「いいですかお兄ちゃん、植物が生えるには栄養が必要ですよね?」
「え? ああ、そうだな」
「ではその栄養源は何処にあるか? もちろん大地なわけですよ。つまり雑草は大地の恵みを吸収しながら生えて育っているということですね」
なんとなくは分かるのだがこれをしたい身はよく分からなかった。
「つまり先ほど言ったリンとカリウムは大地から雑草に吸い上げられているのでそれを刈り取るとどうなりますか?」
「あっ!」
俺もさすがに理解した。
「栄養がたっぷりと雑草の方にも入っている……?」
アリスが仰々しく頷いた。
「そういうことです。リンもカリウムも基本的な成分なので変化することなく植物の中にあるわけですね。つまり雑草だって魔力で分解すれば肥料になるわけです!」
すごい、これなら魔力でいくらでも栄養を地面に送れるじゃないか。
「まあこんな感じで手っ取り早く地面に栄養を入れたわけですが、あまり頻繁には使えない手ではあります」
「え? だってクウォーツさんも喜んでたぞ? 雑草を取って欲しい人は多いんじゃないか?」
「短期的には喜ぶでしょう。しかしそれをあちこちで繰り返して栄養をここに持ってきたらどうなると思いますか? 余所は凶作、ウチだけ大豊作になるわけですよ?」
ブルリとした。あまりにも露骨な不正が行われたとバレるだろう。少なくとも農地に入れてもらえなくはなりそうだ。
「なので今日のところはこれでいいでしょう。せっかくなので種芋を一つ植えておきましょう」
そう言ってしなびているような芋を一個手ですくった地面の下に入れていた。
翌日、地面をツタが這い回って芋の収穫に大忙しになってしまったのだった。
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